王太子タルナスの記憶 3 カートン家で
タルナスは泣きたいほど嬉しかったが、そんな暇はなかった。フォーリは今の時間を利用して、タルナスにさらに詳しい計画について聞いてきた。
「それにしましても、殿下。お一人でここまで調べられたとは、驚きです。それに、帯の芯に隠すとは名案です。」
フォーリは淡々としているが、逆に淡々としている人に褒められると嬉しさが増すような気がした。
「ナルグダは可能性があるでしょう。私がナルグダの身辺を調べ、それから話をしに行きます。」
フォーリは実に仕事の早い男だった。カートン家にも手を回し、タルナスの立てた計画を詰めた。彼がタルナスの護衛になって、わずか一ヶ月ほどで、グイニスの救出にこぎつけたのだ。
タルナスは案内された部屋で、じっとグイニスの治療が終わるのを待っていた。側にはフォーリが黙って立っている。
「…フォーリ、ありがとう。」
「…殿下。私は役目を果たしたまでです。殿下の計画が周到だったからこそ、少し修正するだけで済み、速やかな実行が実現できたのです。」
「そう言ってくれて、嬉しい。」
タルナスは椅子に座ったまま、フォーリを見上げた。ずっと、考えていた事があった。
「フォーリ。ニピ族は二人の主人に仕えないそうだな。」
フォーリはタルナスの様子に少し考えているようだったが、頷いた。
「そうですが、それが何か…?」
「グイニスを守ることは、ニピ族の掟を破る事か?」
さすがに即答ではなかった。
「一時であれば、それは可能なことかと。」
「一時?」
「はい。グイニス王子殿下に護衛をつけるまでの間、その繋ぎとしてあれば、できるかと思います。」
フォーリは嘘を言わなかった。いつも、実直に答えてくれる。だから、ニピ族は信用されるのだろう。
「では、そのようにしてくれ。私はお前ほど信用できる人が身近にいない。だから、グイニスにニピ族の護衛を探してつけるまでの間、フォーリ、お前に護衛をして欲しい。」
「…しかし、その間、殿下の護衛はどうなさいますか?」
タルナスとて身辺に危険がないわけではない。腹違いの兄弟達の母親達から、刺客が送られてくる。フォーリの懸念は最もだった。
「大丈夫だ。私の事は心配ない。お前が来るまでの間、国王軍の親衛隊が私の護衛をしていた。また、しばらくの間、そうなるだけだ。グイニスにつける護衛が見つかったら私の元にいて、会いに行ける時に行って、交代しよう。」
「しかし、それでは陛下に疑われませんか?」
「大丈夫だろう。父上は忙しく、お前と一度も会っていない。母上もニピ族が嫌いだから、お前と会ったのは一回だけだ。顔が違うと万一、騒いだとしてもなんとでも言いつくろえる。
それよりも、グイニスを守って欲しいし、グイニスにつける護衛もいきなり知らぬ人を送るより、一時でも私が見てどんな人か知っておきたい。グイニスの護衛になってくれるか分からないにしても、少しは人となりを知りたいと思った。だから、こういう手続きを踏もうと思ったが、難しいだろうか。」
タルナスの説明にフォーリは頷いた。
「承知致しました。それでは、グイニス王子殿下の護衛を早急に手配致します。」
タルナスは椅子から立ち上がった。そして、フォーリの手を握る。
「…殿下?」
タルナスにもこの時は、そんなに深い意味は無く、ただ自分を主として認め、護衛になってくれた自分より年上の青年を見上げた。
「では、今日から、グイニスを護衛してくれ。」
「殿下、しかし、それでは今日のお帰りは?」
「いいから、そうしてくれ…!」
タルナスが強く言うと、フォーリは少し困ったような雰囲気で、すぐには答えてくれなかった。
「そうでないと、私が安心できない。カートン家は安全だと分かっていても、安心できない。私は大丈夫だ。それこそ、カートン家が守って送ってくれる。」
「殿下、それではこう致しましょう。まずは殿下を王宮にお送り致します。その後で、グイニス殿下のために、こちらに戻ります。今日、殿下がカートン家に送られるのは、得策ではありません。カートン家が関わっていると分かれば、陛下がどうなさるか分かりませんので。」
フォーリの説明にタルナスは頷いた。確かにそうだ。自分がカートン家に王宮に送らせてしまえば、グイニスはカートン家にいると言っているようなものではないか。苦労して助け出した意味がなくなってしまう。
「確かにフォーリの言うとおりだ。カートン家が関わっていると宣伝してしまうことになるな。」
タルナスが納得したので、フォーリは少し安堵したようだった。
「できるだけ早く、グイニス王子殿下の護衛を手配致します。」
フォーリがそう言ってくれて、タルナスは嬉しかった。それはできるだけ早く、自分の元に帰ってきてくれるという意味でもあったから。それなのに、タルナスは少しやせ我慢して格好をつけた。
「分かった。だが、実際にはグイニスの護衛となると、探すのは難しいかもしれない。だから、多少、遅くなっても私は大丈夫だ。いざとなれば、父上と母上がなんとかなさる。私はなんだかんだ言っても王太子だから、私に何かされるとあれば、黙ってはおられないだろうから。特に母上は。」
タルナスの言うことは最もだったので、フォーリがどう思ったのかは分からない。この後、フォーリと話す機会はほとんどなくなってしまったから。




