王太子タルナスの記憶 2 フォーリとの出会い
父のボルピス王を出し抜く事ができたのは、ひとえにフォーリのおかげだった。
タルナスは王太子となってから、ずっと護衛についてくれるニピ族を探していたが、なかなか見つからなかった。ニピ族は自分で仕える主人を決める。両親が正当でない方法で王と王妃になったため、子供のタルナスにもなかなか忠誠を尽くして、仕えてくれるニピ族が現れなかったのだ。
でも、タルナスはどうしても、ニピ族の護衛を必要としていた。必ずやりたいことがあった。本当なら、王太子の立場さえいらないと思ったが、その目的のためには必要だったので、不服でも立太子を受けた。その地位でないとできないことだったからだ。
なかなか面接までこぎつけなかったが、ある日、会ってくれるというニピ族がいるというので、タルナスは緊張しながら会うことにした。きっと、これが最初で最後の機会だ。タルナスは覚悟を決めて面接に臨んだ。
基本的にニピ族との面接は、二人だけで行われる。ニピ族は王族の暗殺は行わない約束を、大昔にお互いに結んでいるからだ。しかし、母のカルーラ王妃はニピ族が嫌いなので、二人だけの面接を渋った。しかし、それは絶対に困る。母のせいでニピ族の護衛がつかなかったら、困るのだ。
断固として母に抵抗していると、父のボルピスがやってきた。何はともあれ王である。慣習通りにやるように、と一言で母を黙らせた。父とは対立してばかりだが、今回ばかりは助かった。
そうして、ようやく面接になった。二人だけといっても油断はならない。あの母のことである。きっと、様子を覗わせているに違いない。
タルナスは緊張しながら、部屋に入った。二十代の見た目のいい青年が立って待っていた。こんな人に護衛して貰えたら嬉しいなと思うが、同時に今は必ずこの奇特なニピ族に護衛して貰わなければならなかった。
「…初めまして。私は王太子のタルナスだ。面接を受けてくれて、とても嬉しい。」
タルナスは緊張のあまり、声を震わせながら挨拶をした。相手は礼のお手本のように美しく整った礼をした。
「初めてお目に掛かります。私はフォーリと申します。」
「フォーリか。一つ聞きたいことがある。なぜ、私の護衛の面接を受けてくれようと思ったのか。私は両親のせいで、八大貴族以外には、貴族にも議員にも民にも、憎まれて恨まれている。その答えを聞きたい。」
タルナスは緊張のせいで息が上がり、はあはあ肩で息をしながら尋ねた。
「殿下。その前に深呼吸をなさってください。そうなさいましたら、お答え致します。」
思わずフォーリの顔を見上げると、じっと様子を見ているので、言われたとおりに深呼吸をした。さらにもう一度と言われ、結局、三回ほど深呼吸をした。深呼吸をすると確かにさっきの震えは収まっていた。
「殿下。先ほどのご質問にお答え致します。両親の罪と子供の罪は別だからです。親は親であり子供は子供です。」
フォーリの答えにタルナスは、胸をつかれた。思わず涙が出そうになって、慌てて横を向いて腕で涙を拭った。ずっと、両親がグイニスに罪を着せて以来どの目も、お前も親と同じで不当にその地位に就いた、と無言で責めていた。一年半近くその目線に耐えてきたが、とても辛かった。
「殿下。私も一つお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
タルナスは慌てて、フォーリに向き直って頷いた。
「殿下には、成し遂げたいことがありますか?」
後で思えば、フォーリはタルナスの様子から推測を立てたから、こんな質問をしてくれたのだろうと思う。それは、タルナスにとってとても答えやすい、待っていた質問だった。
タルナスは答える前に、入り口の扉をちらりと見やった。それを見たフォーリが静かに、入り口の扉を開けて外の様子を覗い、戻ってくると衝立を部屋の角に動かした。さらにもう一つあった衝立も動かし、内密に話ができる空間を作ってくれた。
「ここならば、小声で話せば外にはほとんど聞こえないでしょう。」
入り口を見た、たったそれだけの動作でここまでしてくれたフォーリに、タルナスは嬉しくなった。だが、喜んでいる場合ではない。衝立の向こう側に入ると、フォーリも入ってきた。
「お前の質問に答える。私には必ずやらなければならない事がある。それは、まずグイニスを助け出すことだ。必ず助けなければ、両親にあの子は殺されてしまう。
それには、グイニスがどこに監禁されているかを調べなければならない。一応、当てはある。母上の動きを確かめると、時々、誰にも言わずに姿を消すことがあり、その時におそらくグイニスの部屋に行っていると思われる。だから、母上の後をつけ、具体的にどこに監禁されているかを調べる。どの辺りに行ったかが分かるだけでも、見当をつけられる。幸いなことに母上は、ニピ族が嫌いでニピ族の護衛をつけていない。」
タルナスはそこで言葉を句切り、上着を脱いで服の帯を解いた。さらに帯の端をめくり芯を抜いて、芯の内部から地図を数枚取り出した。
「見てくれ。これは王宮内の地図。そして、これは地下通路などの地図だ。さらに昔の地下通路の地図と、王宮内の増築がされる前の地図。これらは厳密に保管され、簡単に閲覧できる物ではないが、王太子の特権を利用して地図を写した。これらの地図を手に入れるために、私は王太子になったのだ。
父上と母上は私が熱心に勉強しているとしか思っていないだろう。誰も私の動きには注意していない。だから、私がやるしかない。
ただ、一つ、問題がある。これらの地図は父上も承知だ。だが、私が思うに地図に載っていない、隠し通路などがあるだろうということだ。これらの地図を細かく見れば、何カ所か不明な点がある。おそらく、こういった箇所に秘密の通路がある可能性が高い。しかし、私がいくら調べてもこれ以上の物は見つからなかった。
だが、それらの隠し通路を把握している可能性の高い者に目星はつけた。」
「一体、誰ですか?」
黙って聞いてくれていたフォーリが、初めて質問した。
「それは、ナルグダだ。今は八大貴族として父についているが、以前は伯父上の時代に、王宮の補修や設計などに携わっていた。それを考えるとナルグダなら、これらの地図に記載されていない隠し通路を、把握している可能性がある。
だが、大きな問題がある。それは、私にこれらを実行していく力がないことだ。誰かに助けて貰わなければ何もできない。ナルグダを説得しようにも父上に仕えている以上、私が相談した時点で報告されてしまうという可能性もある。そうなれば全ての計画が狂い、グイニスを一生、助けられなくなってしまう。
あの子には時間が無い。早く早く助けなければ、本当に殺されてしまう。両親にも甥を殺したという罪が残ってしまう。だから、私がなんとしても食い止めなければならない。何より、グイニスに申し訳ない。あの子が受けるべき物を私が奪ってしまった。あの子に全てを返したいのだ。」
一気に言ってしまってから、タルナスはうなだれた。フォーリはまだ、自分の護衛ではないのに。引き受けてくれるかどうかさえ、分からないのに。それでも、心の焦りを抑えることができなかった。
「早くしなければ、早くしなければ手遅れになってしまう。だから、だから…私は…!」
タルナスはうなだれたまま、両手を固く握りしめて声を絞り出した。グイニスとはおよそ三歳違いだ。正確には二歳と八ヶ月。腹違いの兄弟達より仲が良かった。グイニスは弟のような存在の従弟だ。
両肩に手が置かれたのを感じて、タルナスは顔を上げた。タルナスに合わせてかがんだフォーリの顔が間近にあった。
「殿下。殿下のお気持ちは十分に分かりました。しかし、もう一つだけ確認させて下さい。殿下のなさろうとしておられる事は、陛下の逆鱗に触れる…つまり、ご両親と敵対してしまう事になりますが、そのご覚悟はおありですか?」
タルナスは唾を飲み込んだ。さっきまであったグイニスを助けたい、という熱い気持ちとは真逆に、すーっと冷たい気持ちになる。
「当然のことだ。便宜上、そして、血筋としては変えられないから、両親の事を父上、母上と呼んでいるが、本当なら口もききたくない。そう、呼びたくもない。だが、そういうわけにもいかない。それに、私はもう一つ、やるべき事がある。それは、父上を暗さ…。」
最後まで言うことはできなかった。フォーリに口を押さえられてしまったからだ。タルナスの口から手を放して、フォーリは謝罪した。
「殿下。失礼致しました。ですが、お声が大きくなっておられましたので、誰かに聞かれると大変危険です。グイニス王子殿下の救出もできなくなってしまいます。」
タルナスは目を丸くして、フォーリを見上げた。
「殿下。殿下のお覚悟に感銘を受けました。私でよろしければ、お手伝い致します。」
「それは、つまり…私の護衛になってくれるのか?」
タルナスはおそるおそる聞き返した。
「はい。私でよろしければ…。」
タルナスはフォーリにしがみついた。
「お願いだ、助けてくれ。お前が護衛になってくれるのに、不足など感じない。物凄く嬉しい。」
一瞬、驚いた様子のフォーリだったが、優しく頭をなでてくれた。そして、膝をついて姿勢を正した。
「私の方こそお仕えさせて頂きます、殿下。これから、よろしくお願い申し上げます。」




