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王太子タルナスの記憶 1 助け出した時

 早くしないと。焦りで足がもつれそうだった。必死で走る。だが、大人達の中で一人、子供だったから遅れがちになってしまう。

「失礼します。」

 そう声がしたかと思うと、しっかりした腕に抱きかかえられた。

「申し訳ありませんが今は急ぐので、この体勢でしばらく我慢なさってください。」

「ありがとう、フォーリ。」

「殿下の護衛ですから。」

 フォーリの小脇に抱えられて、薄暗い廊下を進んでいく。

「こちらです。」

 案内役の貴族、ナルグダが鍵を取り出した。ナルグダの護衛が、見張りの兵士を打ち倒す。兵士が床に倒れるのを待たずに、ナルグダは鍵穴に鍵を差し込んだ。扉を開け、さらに中に進む。

 何もない殺風景な廊下を進む。いくつかの角を曲がり、ようやく目的の部屋にたどり着いた。そこにも見張りが立っている。耳が聞こえないらしく、ナルグダが紙切れを見せると、仕方なさそうに見張りの男は立ち上がり、鍵を取り出して開けた。ナルグダの護衛がその男の襟首をつかみ、一緒に中に入ってから気絶させた。

 一瞬(いっしゅん)、思考が止まった。便所の匂いやすえたような匂いが入り交じり、悪臭が漂っている。部屋には明かり取りの窓が高い位置にあり、そこから光が差し込んでいて、中は明るい。首を巡らせ、寝台の上に寝ている従弟を見つけた。

「グイニス…!」

 フォーリに降ろして(もら)ったタルナスは、動物のように首輪状の(かせ)をつけられ、鎖に繋がれて()せ細った体を丸くして、寝そべっている従弟に駆け寄った。足には縄がつけられ、それが(こす)れて痛々しい傷を作っていた。

「なんてことだ。」

 ナルグダが呟いた。グイニスは服を着せられておらず、最初に着ていたはずの服は、彼の手の届かない所に投げ捨てられて、薄く(ほこり)が被っていた。

 意識があるのか、ないのかも分からない。

「早く、早く枷を外せ。」

 タルナスは大人達を急がせ、その一方でグイニスの(ほお)を軽く叩きながら呼びかけた。

「グイニス、グイニス、聞こえるか?」

 再三のタルナスの呼びかけに、(かす)かに(まぶた)が震え、目を開いた。

「殿下、失礼します。」

 横からカートン家の医者が出てきて、グイニスの様子を確認した。

「殿下、呼びかけてください。」

 医者に従ってもう一度、名前を呼ぶ。

「グイニス、聞こえるか。私だ。タルナスだ。助けに来たぞ。分かるか?」

「あ、あにうえ?」

 かすれた弱々しい声だが、声は聞こえているらしい。心底ほっとする。

「そうだ、従兄(あに)上だぞ。助けに来た。もう少しだけ、頑張ってくれ。大丈夫だからな。」

 今を逃せば、きっと一生グイニスを助けられない。このままでは、グイニスは両親に殺されてしまう。王と王妃になった父と母に。この次の機会はないのだ。

「鍵が…!全て合わない!」

 ナルグダの悲痛な声が上がった。思わず横を振り向くと、ナルグダの護衛が必死になって鍵を全て試しているが、結局、枷の鍵は合わなくて一向に外れない。

「失礼します。」

 フォーリが横に割って入った。彼は服の帯の間から、革製の道具入れのような物を取り出すと、数本のピン状の物を出して鍵穴に差し込んだ。彼が数回ピンを動かしただけで、ガチャリと重い音を立てて鍵が開き枷が外れた。さらにフォーリは速やかにマントを脱ぐと、小刻みに震えているグイニスの上にかけた。

「待て。」

 ナルグダの護衛がグイニスの足首の縄を切ろうとしたので、フォーリが制止した。

 そして、足首に結ばれている縄の行方を確認し、無造作に切れば、鐘が鳴る仕組みになっているのを見つけ出した。さっさと鐘が鳴らないように仕掛けを壊し、栄養失調のためによく見えていないらしい、痩せ細ったグイニスの体をマントにくるんでそっと抱き上げた。

 ナルグダの護衛には、

「殿下を頼む。」

 と伝え、タルナスにはこう言った。

「殿下、申し訳ありません。帰りはそちらにお願いします。」

 タルナスもグイニスを早く助けたいので、フォーリの判断に全く異論は無い。フォーリが抱えてくれるのが一番、安心できる。

「分かっている。早く行こう。」

 走り出そうとしたが、ナルグダの護衛が背負ってくれた。大の大人の男達が全速力で廊下を走り抜ける。さらに、全く使われていないような隠し通路を抜け、行きとは全く違う道のりで宮殿外に出た。どこの馬車か分からないようにされた馬車に分散して乗り込み、カートン家の屋敷に到着し、大急ぎでグイニスを隔離(かくり)して治療した。

 最初からグイニスの治療が終わるまでは、王宮に帰らないと決めていた。話をするまでは決して帰らない。

 だが、協力してくれたナルグダは、王の目をくらませるため、大急ぎで自身の領地に帰った。帰郷しているはずがしていなければ問題になる。彼と彼の家族のことを思えば、これ以上の協力を要請するのは酷なことなので仕方ない。


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