お出かけの計画
それから、一日後、兵士二人が昼の毒味兼食事を終えて帰る直前、フォーリがその二人に夕方のことについて何か言っている隙に、若様がこっそり耳打ちしてきた。
「ねえ、明日、お出かけしよう。フォーリは疲れているだろうから、寝てて貰う。護衛はヴァドサ隊長達にして貰うから。」
「そんな、大丈夫なんですか?」
思わず聞き返すと、若様はにっこりした。
「うん。大丈夫だよ。じゃ、明日ね。」
お出かけと言っても、村を出るわけにはいかないから、その辺の散歩ということになる。それでも、命を狙われているのに実行するのは、勇気があるというか無謀というか。
それでも、フォーリを寝かせたいというのは事実だろう。この間、フォーリが言ったとおり失敗したなと思う反面、若様も四六時中フォーリがついているのは少し面倒なんだなとも思い、ちょっとおかしかったし、普通の少年らしさがあって良かったとも思う。
「それじゃ、明日。」
挨拶をして部屋を出た。実際の所、今日、セリナは早く帰れる日だったので、今が今日最後の挨拶ができる機会だった。
セリナは屋敷にいる間は、なんとか平静を保った。リカンナの前でも普通を保つ。それでも、なんか機嫌が良さそうだと指摘され、今日は何も失敗しなかったからだと、取り繕った。
皿を割った日の夜は最悪だった。母のジリナにみんなの前でこっぴどく叱られた後、単独で呼び出された。裏庭に出て行き、暗い中でもう一度、状況の説明をさせられた。実は傷をつけてしまったと言うと、ジリナはため息をついて言ったのだ。フォーリに助けられたのだと。
最初に傷をつけてしまったため、わざとセリナを驚かせて皿を割るように仕向けたと。
「まあ、あのフォーリ殿にしても、あんたが皿を投げるとは思わなかっただろうけどね。」
ジリナはたぶん、苦笑いしている。暗いから表情はよく見えないが。それを聞いてセリナは余計に落ち込んだのだった。
そういう事情を知っているので、セリナの言い訳にリカンナは納得したらしかった。最近、リカンナに対しても隠し事が多くなってきているが、大っぴらには言えないので、黙っている。本当なら明日、若様とお出かけすると言いたい所だったが我慢した。リカンナには、二人の仲に進展があったら伝えるように言われているが。
リカンナと別れて家に帰ると、厳しい目付役の母のジリナがいないことをいいことに、姉達も妹も遊びに行って留守だった。大体、今は冬なので、農作業も忙しくない。
それでも、今までなら内職の刺繍や編み物をしているはずだが、今期はジリナとセリナのお屋敷務めのお給金があるので、それもしなくてすむのだろう。本当ならやらなければいけないはずだが、ジリナも多少、多めに見ていた。
それに、今はセリナにとっても良かった。晩ご飯を作りながら、明日、若様とお散歩した時に食べるパンを作ろうと思ったからだ。フォーリを休ませると言っていたから、お昼ご飯を自分達で用意しなければならない。口止め料に護衛兵達…親衛隊の分も、多少、多めに作って渡しておけばいいだろう。ようやく王族の護衛兵を親衛隊というのだと覚えてきたところだ。
セリナは家に帰ると誰もいないことを確認した。生まれて初めて、家での家事が楽しい。大急ぎで準備をして、いつもだったら叱られる量の粉を使用し、いろいろな種類のパンを作る。発酵させるパンは時間がかかるので、一番最初に仕込み、次に発酵させないパンを作る。最後に母が隠してある蜂蜜を引っ張り出すと、お菓子を作り始めた。
あまりに集中して作業をしていたため、人の気配に気がつかなかった。
「セリナか。今日は早く帰ったんだな。」
父のオルだ。思わずドッキリしたが何食わぬ顔で答えた。
「あ、父さん。ただいま。今日は早く帰れたから。」
言いながら、父のオルで良かったと胸をなで下ろす。姉達や妹だと追い払って口止めするのが面倒なこと、この上ないからだ。
「せっかく早く帰ってきたのに、さっそく家事をしているのか。それにしても…なんだ、このパンの量は?」
多めに作ったと嘘をついても、明日になったら全てなくなってしまう。
「…うん、ちょっとね。」
言葉を濁してごまかした。オルは普段はあまりしゃべらないが、母の蜂蜜はめざとく見つけた。
「おい、セリナ、お前、それは母さんの蜂蜜だろ。そんなものまで出して、一体、何をするつもりだ。」
オルは近くの山で木の管理と養蜂もしている。セリナの家の田畑はあまり広くないので、山林を使ったきのこ栽培や養蜂で収入を得ていた。特に蜂蜜は高く売れるので、貴重な収入源だ。我が家で食べる分は大切にとりわけ、ジリナが厳密に管理している。
勝手に使えば、当然、大目玉を食らう。
「しーっ、大丈夫よ。最近、母さんに怒られることが増えて、怒られるのに慣れっこになっちゃった。」
「そういう問題じゃないだろう。」
「じゃ、みんなで食べればいいわよね?みんなの分も残しておけば文句はないでしょ。」
セリナがにやっとして言うと、オルは目をしばたたかせた。
「…お前、まさかそのパンの量、お屋敷に持って行くつもりなのか?」
「…あ、うーん。…まあね。」
父のオルが誰かに言うことはないと分かっているので、素直に白状した。
「蜂蜜を使うってことは、お前、若様だか王子様だかにも食べ…さすつもりなのか?」
「しーっ。誰かに聞かれたらどうするのよ。まあ、明日だけよ。ちょっとお昼だけ事情があって、わたしが持って行くの。うちで作れば大丈夫よ。」
オルの目が点になる。
「だ、大丈夫なのか?そんなことをして。」
心配するオルをセリナは宥めた。
「大丈夫よ。だって、わたしも一緒に食べるのよ。発酵させる分は、明日、朝から早起きして焼くわ。発酵させないパンとお菓子は別だけど。今日は母さんも帰って来ない日だし、大丈夫よ。ちゃんと晩ご飯も作るから、姉さん達も黙ってるだろうし、内緒よ。」
「…内緒って。」
「いいから、いいから。」
セリナは父の背中を押すと、台所の外に追いやった。
案の定、帰ったら料理ができていて、しかもお菓子の口止め料もあったので、兄と姉達二人と妹ロナの口止めに成功した。四人はセリナの作るパンの量に訝しんだものの、蜂蜜入りのお菓子を食べているので、結局、追求しなかった。




