セリナの家族
その二日後、セリナの家でも食事時に、別荘で働く人を雇うため、村人を集めて面接を行うという話が持ち上がった。発言権がないセリナは黙ってもくもくと食事を口に運ぶ。
姉達や妹がわたし達が行くと言い張り、誰が行くかでもめ始めた。
「お黙り!」
母ジリナの一喝で、全員が押し黙る。父のオルは上座に座っているが、空気のように存在感が薄い。
「この家で誰が行くのか決まってんだよ。セリナ、お前が行くんだ。分かったね。」
いきなり、名指しされてセリナは慌てた。姉達の嫌がらせがひどくなる。
「で、でも、母さん、わたしは…。」
「お黙り!口答えする気かい?こういう時のために、お前に男どもが手出しできないようにしてきたんだよ。いいかい、お前が行ったら必ず雇われる。そうなれば、必ず高いお給金をはずんで貰えるからね。ましてや、おかしくなっちまった王子様のお世話さ。こういう曰く付きの方々の場合は特にね。」
ジリナは本当に有言実行する人である。一度、姉のポミラを、村で素行の悪いことで有名な若者が、手込めにしたことがあった。手込めと言っても姉のポミラも結構、乗り気だったと思うのだが、とにかく、そういうことがあった。
すると、日頃から家の娘に手を出したら、お前らの一物を切り取り、料理して犬に食わせると公言していたが、実際にその若者が泥酔している間に実行してしまった。犬に食わせるところまでだ。村中で大騒動になったが、結局、手を出した方が悪いし、そのままうやむやになってしまった。
だが、確実にセリナも含めて、村の男達に狙われることはなくなった。
ジリナは村でも恐ろしい女で通っているのだ。そのジリナの決定である。覆せるわけがなかった。
案の定、食事が終わって食器の片付けをしていると、妹のロナが嫌みを言ってきた。
「セリナ姉さんはいいわねえ、美人で。美人だからお屋敷に行けるのよ。」
「…仕方ないじゃない。誰でもない、母さんの決定なのよ。行きたくないわ。」
「そーんなこと言っちゃって。本当は喜んでるんでしょー。」
「…そんなことないわよ。」
言いながら、実際には妹の言うとおり、まんざらでもなかった。リカンナの言うようにたぶらかすつもりはないが、この家から離れて仕事ができるのは嬉しかった。たとえ、それが洗濯であってもだ。
ジリナの決定は絶対的である。誰も変えられない。
だから、次の日から次姉のダナと三姉のメーラの嫌がらせが始まった。ロナもさりげなく加わる。
この日は粉ひきの当番を無理矢理、代わらされた。本当ならダナとメーラが粉ひき小屋まで行く日だ。少しの粉なら家にある石臼でひけるが、大家族分のパンを焼くための粉となると、とても足りない。そのため、村に何カ所かある粉ひきの水車小屋までひきに行く。
順番に粉をひける日が回ってくるので、セリナの家ではダナとメーラ、セリナとロナが組になり、交互に粉ひきに行くことになっていた。ダナとメーラは自分達の仕事をセリナに押しつけ、ロナも姿をくらました。誰かがやらなければ、ジリナの雷が怒濤のごとく降り注ぐ。
仕方なく、セリナは粉ひきに向かった。ロバに小麦と大麦、ライ麦、蕎麦がそれぞれ入った麻袋を乗せ、小道を進んだ。ジリナは粉をひく順番にもうるさい。どうせ、厳密にしたって、少しは必ず混じってしまう。それでも、母の言うとおり、小麦から順番にひくことにしていた。蕎麦は黒いので一番最後だし、ひいた後は粉用のちりとりとほうきで、粉ひき小屋の石臼をきれいに掃除することにも従っていた。
ロバを引いて歩いていると、「セリナ…!」と大声で呼ばれて振り返った。
リカンナが必死で走ってくる。
「あんた、何をやってるのよ。今日、これから別荘のお屋敷で、使用人の面接をするのよ!ロナに伝言を頼んだのに!」
セリナは青ざめた。
「聞いてない?」
リカンナも感づいて聞き返す。セリナが頷くと、リカンナは額に手を当てて、ため息をついた。
「ごめん。あたしがあんたに直接言わなかったから。これは、嫌がらせね。」
姉達も妹もセリナが面接に行けないようにするために、わざと粉ひきをさせるのだ。悔しかった。でも、これが現実だ。少し甘い夢をみたから。分不相応なものを求めようとしたからだ。
「仕方ないわ。行きなさいよ、リカンナ。わたしはしょうがない。あんたは行って。」
「でも…。」
「母さんにはありのままを言うわ。」
「でも!」
「いいから。あんたにはわたしの分まで、幸運をつかんで欲しいの。」
こんなことはめったにないことなのだ。働けばお給金を貰えるのだから。
「セリナ…。」
「ね、ほら、早く。時間に遅れちゃうわよ。」
セリナは笑顔でリカンナを送り出した。リカンナもしょうがないので、道を戻っていった。リカンナがいなくなってから、セリナはため息をつく。もう、涙さえ出て来ない。一度、なんの変哲も無い雲の浮かぶ空を眺めてから、気を取り直してロバを引いて歩き出した。




