厨房のおしゃべり(中)
「ああ、本当だ、雪が降ってる。」
「うわあ、綺麗ですねー。どうして、こんなに白くなるんでしょうね。」
「雨が凍ってるんだって。だから、溶けたら水になる。」
「ふうん。不思議ですね。雨が凍るなんて。空の上は寒いって事なんですね。」
「そうだね。山の上も寒かったし、きっとそうなんだよ。」
「へえ、山ってどんな山ですか?」
セリナは何気なしに聞き返した。
「サリカタ山脈だよ。」
「…さりかたさんみゃく?」
聞き慣れない山の名前にセリナはオウム返しに聞き返す。
「うん、この国で一番高い山々だよ。山が一つだけじゃなくて、連なっているから山脈って言うんだ。」
「高いってどれくらい高い山なんですか?ここら辺の山より高いんですか?」
セリナは想像できなくて、次々に聞いてみる。
「それはそうだよ。山のてっぺんは雲の中に隠れてて、頂上付近は真夏でもずっと雪が降っているから、白いまんまなんだ。夏でも山は涼しかったよ。珍しい植物も生えていて、綺麗な見たことのないお花もあった。熊とか狼もいたけど。」
「へぇ凄いですね…!想像がつきません、てっぺんが見えない山なんて。」
セリナは話しながら、野宿した山がそのサリカタ山脈なのではないかと気がついた。
「もしかして、野宿したことある山ってそのサリカタ山脈のことですか?」
「うん。刺客が追いかけてくるから、そこに逃げたんだ。フォーリが熊をやっつけて、山の麓の村の猟師に売ったんだ。肉は少し食べたけど。そしたら、熊って肉や毛皮だけでなく、内蔵の一部も薬になるから貴重なんだって。」
(く、熊肉…。食べたんだ…。)
セリナは内心驚いた。あんまり、食べようと思わない。王子様なのに、かなり大変な暮らしだ。それじゃ、猟師と変わらない生活ぶりである。
「ど、どうやって熊を麓まで運んだんですか?結構、大きかったんじゃ?」
「そりで引いたんだ。フォーリが引いて、私は後ろから押した。まだ、残雪があったからね。」
「まだ、山に雪があったってことですか?」
「うん。フォーリが言うには、冬眠から目覚めたばかりの熊だったんだろうって。」
「そりがあってよかったですね。」
「フォーリが簡単なそりを作ったんだよ。のこぎりで板を作っている暇が無いから、わざと細めの木を切って、枝を落として長さを合わせて縄で繋いだんだ。」
なんて器用な人なんだろう。この人といればどんな所でも生きていけそうだ。
「野宿って二ヶ月くらいしたと言ってましたよね?その雪が残る高い山にですか?」
「うん。フォーリもいたから、風邪も引かなくて済んだし。少ししもやけはできたけど、ひどくはならなかった。あ、それから、森の子族にも助けて貰ったよ。」
黙って調理の仕上げを確認し、皿の準備などを始めたフォーリを若様は振り返った。セリナはその隙に扉を閉めた。雪は綺麗だが、かなり、底冷えして寒いし冷える。
「結局、どれくらい山にいたのかなあ?」
「五ヶ月です。秋も深まり雪が降り始めたので下山しました。」
すぐに明確な答えが返ってくる。
「大変だったですね。」
「…うん、でも、私は楽しかった。だって、命の危険を感じなくて済んだから。体はきついこともあったけど、心は苦しくなかったんだ。」
なんと言えばいいのだろうと思う。
「…苦しかったんですね。」
とりあえず、そう答えた。
「本当は…今でも苦しいことはあるよ。でも、最近はそうでもない。ここに来てから、友達ができたし。」
「…友達?」
思わず首を傾げる。まさか、まさか。セリナは予感する。嬉しいような、嬉しくないような。
「君だよ。だって、もう、君は友達でしょ?」
「わたしなんかが友達でいいんですか?」
セリナが思わず尋ねると、若様は意外そうに目をしばたたかせた。
「どういう意味?なぜ、君は自分の事を卑下するの?」
そうだった。若様は意外な所で鋭い。
「だって、身分が違いますよ?」
「身分が違ったら友達になれないの?そんなのおかしいよ。大体、サリカタ王国の王族は森の子族とも兄弟なんだ。分かる?
森の子族は正確に言ったら、この国の戸籍を持ってない。だから、国民じゃないと言い出したら、そうとも言える。でも、この国に住んでて兄弟族だから、大切にされてる。身分が違うっていうことなら、全然違うよ。だけど、元は兄弟族だから友達だ。向こうもそのように扱ってくれるし、私達もそのように扱う。」
セリナも若様の言いたいことが分かった。
「分かりました。でも、現実には身分の差ってありますよ?」
「それは、知ってるよ。でも、ここにいる時まで厳格にしなくていいんじゃないかな。」
若様の真面目な顔を見ていると、どっちが本当の若様なんだろうと思う。こういう所は想像以上に大人だ。セリナよりも大人で、ちょっとびっくりしてしまう。でも、意外な所で幼くて、何も知らなかったりもして、そこにもびっくりしてしまう。




