セリナの予測
あの日の事の次第はこういう事だったらしい。
村にいつもと違う商人がやってきた。たまにやって来る商人で、この辺に行商にやってきた何ヶ月かに一回の頻度でやって来る。その商人が戦姫様が戦死したという噂を聞いたと言ったらしい。
それを村娘が聞き、話していたところ、兵士の幾人かが耳にして、口に出して話した。それを若様が小耳に挟み、ああいう事態になったらしい。
折りが悪く、若様は前日に誰かに拉致された後、崖から転落、死にかかった。その上、悪夢にうなされた直後で精神状態が不安定だった。
セリナでもそんなことが続いた後で、姉が死んだという噂を聞いたら、おかしくなってしまうだろうと思う。たぶん。セリナは姉達のことがあまり好きではないので、断言はできないが嫌な気分にはなる。仲の良かった姉弟なら、なおさらだ。
(…なんか悪意を感じるわね。)
セリナでさえもそう感じる。誰がそんなことをしているのだろう。何者かがこの村に潜んでいるのか。
(でも、村人は違うと思うわ。喧嘩はするし、男にも女にも手を出すのは早いけど、基本的にのんきな田舎者だもの。そんなに面倒な真綿で首を絞めるような嫌なやり方はしないし、できないわ。面倒だもの。)
セリナは考えた。だとすれば答えは一つしか無い。兵士達の中に誰か、回し者がいるのだ。ただ、これには一つ問題がある。若様が拉致されたと考えられるとき、兵士は全員、一緒にいたのだ。
(もしかして、誰かを雇ったの。)
セリナは自分で考えておきながら、恐ろしくなった。若様を拉致して崖から突き落とせるような、悪い奴というか、そんな度胸のある奴がいるだろうか。
(…あ、でも、若様は突き落とされたとは言わなかった。)
セリナは直接、若様から聞いたわけではないのだ。あの時、何があったのかを。だとすれば、もしかしたら崖の上に連れて行けと言われ、連れて行っただけかもしれない。
(そうよ。きっとそうだわ。若様を気絶させて兵士が若様を担ぐ。途中まで行って、途中から交代して、崖の上にでも座らせておけば、目を覚ました後、立ち上がろうとして足を滑らせて落ちたのかもしれない。)
半ば当たっている推論をセリナは立てた。だから、一番怪しいのはやはり兵士だ。あの中の誰かが、疑いをそらしながら隙を狙っているのだ。たぶん、隊長は違うだろう。何かあったら、一番に疑われるだろうから。
セリナはしばらく考えていたが、結局誰なのか見当がつかなかったので、考えるのをやめた。分からないことを延々と考えても無駄だ。時間がもったいない。
結局、誰が犯人か分からないのだから、やることは今までと同じように注意することだけだ。リカンナも誰かが若様を狙っていて、若様が危ないことは知っているので、一緒に若様に危険が及ばないよう、目を光らせていられる間は、そうすることに決めた。
セリナの提案にリカンナは、あまり乗り気ではなかった。
「…どうしたのよ、リカンナ。」
「だって…。あんたの方こそ、分かってるの?」
リカンナに逆に聞き返されて、セリナは戸惑った。
「…あんた、ここん所おかしいよ。」
「どういう意味よ?」
「だって…あんた、若様が好きなの?」
思ってもみないことを言われて、セリナは驚いた。セリナは自分でも、分かっていたが気づかないフリをしていた。だって、相手は恋してはいけない相手だし、自分より年下だし、世間知らずだし。いろいろと理由をあげて、目をそらしていたのだ。
まさか、リカンナに気づかれているなんて思わなかった。
「…えーと、なんのことを言ってるのよ。」
「あんた、あたしが気づかないとでも思ってるの?ごまかそうとしたって無駄よ…!」
ピシャリと言われて、セリナはあきらめた。
「…ごめん。そうだよ。でも、気づかないフリをしてたの。だって、そういう相手でしょ。だめじゃない。」
「あんだけ、興味ないとか言ってたくせにー。結局、好きなわけー?」
からかい混じりに非難されて、セリナは首を縮めた。
「だから、ごめんってば。だって、まさかあんなに可愛いとは思わなかったし、全然気が狂っているわけでもないし。ちょっと世間ずれしているだけで、育ちがいいからだって分かるし。」
セリナの素直な白状にリカンナは頷いた。
「分かるよ。あたしも同じ。あんなに可愛いなんて反則だよねー。」
そう言ってから、リカンナは真面目な顔に戻った。
「でもね、だからこそ心配なのよ。なんていうの、直接手を下すわけじゃないけど、じわじわといたぶる感じ?なんか嫌な感じじゃない。だから、見張ったりしてたら余計にひどくなったりしない?あたし達が疑ってるって分かったら、あたし達も嫌がらせを受けることになるんじゃないの?ただの嫌がらせ程度ならいいよ。だけど、若様は実際に危ない目にあったんだし…。」
「分かった、いいよ、もう。」
まだ、続きそうなリカンナの言葉をセリナは途中で遮った。今までリカンナに対してこんなに腹が立ったことは、一度も無かった。今は腹の底から怒りがわき上がってくる。
「危ない目に遭いたくないって言うんなら、強制はしない。わたし一人で探す。」
リカンナが目を丸くする。
「探すって誰を?」
「犯人に決まってるでしょ。とにかく、気をつけなきゃいけないもの。危ないって分かってるのに、放っておけるの?」
「そのために、護衛がついているんでしょ?あんたに何ができるって言うのよ…!」
「この間は、その護衛も出し抜かれたのよ、ただ、犯人らしき人はいないか、気をつけて目を光らせるだけじゃない。」
頑として聞かないセリナに、リカンナがため息をついた。
「…分かった。ここで言い争っても仕方ないし。それだけでいいなら、あたしも気をつけるよ。ただ、危ないときは首を突っ込まないからね。」
「…リカンナ。ありがとう。危ないときは逃げていいから。やっぱりあんたはいい友達ね。」
「やっぱりって、どういう意味よ?」
リカンナが首をかしげる。セリナはふふっと笑った。
「この間、フォーリさんが言ってくれたんだ。いい友達を持ってるって。あんたのこと、そう言ってくれたんだよ。」
さっきまで怒っていたくせに、嬉しそうに笑うセリナに対し、あきらめたようにリカンナは苦笑した。




