若様のかんしゃく(下)
呆然とセリナを見つめていた若様の両目に涙が盛り上がる。それを見て、セリナは今頃はっとした。
後ろから親衛隊長のシーク達に睨まれている気がする。
「…あ、えーと、その若様。えーと。」
怒りが冷め、頭に上っていた血が冷めると、自分の犯した失態にセリナは慌てた。
「…おい、お前。」
シークががセリナの肩に手をかけた。
「…ま、待って!」
ぼろぼろと涙を流していた若様が、嗚咽を堪えながら引き止めた。
「ち…違うんだ。セリナは…叱ってくれた。…姉上みたいに、叱ってくれた…!それが…うれしくて…。」
泣きながらそんな事を言ってくれて、鼻水をすすっていても若様は可愛らしかった。思わず手ぬぐいを渡してあげる。手の甲で涙を拭っていた若様は、ありがと、と言いながら涙を拭いて鼻水をかんだ。
あんまり可愛らしいので、頭を撫でた。若様が何?とセリナを若干、見上げた。顔立ちが整っている上、十五歳には思えないほど童顔なので、頬ずりしたくなる衝動をなんとか堪えた。きっと、二人きりだったら頬ずりしてしまっただろう。
「あ、そうだ、これを。昨日、お忘れでしたよ。せっかく拾ったのに。」
セリナはようやく最初の目的を思い出し、ブローチをポケットから取り出して手渡した。
「…これを届けに?」
まだ、鼻声で若様は聞き返した。
「…ええ。ごめんなさい、痛くなかったですか?今さら…ですけど。」
当初の目的を思い出したセリナは、若様を平手打ちしたことも思い出し、一応、遅すぎるが謝罪した。
若様が首を傾げる。
「痛いって?昨日、崖から滑り落ちた時にぶつけたおしりと股の近くは痛いけど、他は痛くないよ。」
一瞬、微妙な間が空く。親衛隊長達もなんて言ったらいいのか、困っている。セリナが一番困る。忘れているなら、今さら思い出さなくていい。
「…あ、叩いたこと?それなら、気にしなくていいよ。」
若様が話のずれに気がつき、にっこりして言ってくれる。
「何、若様を叩いた?」
だが、真後ろからフォーリの声がした。この人、心臓に悪い。やってきても全く人の気配がない。シーク達も、ぎょっとしているから相当な忍び足だ。
セリナは心臓の辺りをさすりながら、冷や汗をかいた。
「うん…でも、痛くなかったよ。」
できるなら若様のお口を塞ぎたいですわ。ええ、本当に!セリナは心の中で叫ぶ。
「ほら、これを渡しに来てくれたんだ。」
つい今し方まで、死んだ方がましだと言っていたのが嘘のように、若様は嬉しそうにブローチをフォーリに見せた。
うん、フォーリは知っています。だって、フォーリがわたしにそうしろって言ったんですもの。
「そうですか。良かったですね。」
さすが、フォーリは素知らぬ顔でそんなことを言っている。
「セリナ、ありがとう。」
「え、ええ。」
「これは今まで私にとって、何でもないただの物だったけど、これからは特別だよ。だって、君が命がけで拾ってくれたんだから。これを見る度にそれを思い出すから、特別になったよ。」
無邪気に嬉しそうにキラキラした笑顔で若様は言った。それを聞いた途端、セリナの顔が真っ赤になった。
意図して言っているわけではないと、セリナはよく分かっている。それでも、それではまるで口説かれているみたいだ。
(ひどい、無邪気にそんなことを言うなんて…!)
セリナはそこにいられなくなって、くるりと回れ右をして勝手に部屋を急いで出た。
「…?セリナ、どうしちゃったの?顔が赤く…。」
若様の言葉が途中で途切れた所を見ると、たぶん、フォーリに口を塞がれたのだろう。




