若様のかんしゃく(中)
若様は呟くように言った。
「……優しい?」
少しして乾いた声で笑い出した。
「叔父上だって、昔は優しかった。」
その一言には、人は変わるし、何より優しかったのに、どうしてそんなことをしたのかという気持ちが凝縮されていた。信じていたのに裏切られた。そんな気持ちが凝縮されている。
「二人は殺したくないかも知れないけれど、私は死んだ方がましだ。」
シーク達だけでなく、セリナも息を呑んだ。何か分からないけれど、焦燥感のようなものが湧き上がってくる。思わず隠れていた扉の影から出てしまう。
「私が死ねば、少なくとも姉上は解放される。もう、姉上に迷惑をかけないですむ。姉上に戦わせなくてすむんだ…!役に立たない人形でいなくてすむ!」
セリナは若様の手に、護身用の短刀が握られていることに気がつかなかった。
とにかく、胸が痛かった。胸が痛いのに、無性に腹が立った。さっき、フォーリと話をしなければ、こんなに腹は立たなかったかもしれない。でも、セリナも戦姫様がどんな思いで戦っているか、少しは理解したつもりだ。それに、フォーリの気持ちも分かったと思う。護衛の親衛隊の二人の辛そうな様子から見ても、本当はそんなことになって欲しくないはずだ。
だから、今の若様の言葉は許せなかった。いや、見過ごしたらこの人は本当に死んでしまうかも知れない。そんな危機感もあった。
もう、ゆっくり考えている暇はなかった。衝動的にセリナはその場から飛び出すと、シーク達が止める間もなく、若様の頬を平手打ちした。
若様が目を丸くして、セリナを見つめた。突然、現れたセリナに平手打ちされたのだから、当然だろう。
「馬鹿じゃない…!姉が、弟に死んで貰いたいわけ、ないじゃないの!」
あまりの怒りに、言葉が途切れ途切れにしか出て来ない。怒りと同時に胸も痛い。甥にこんな言葉を言わせる叔父はひどい。
若様が一瞬、息を呑んだ。その時、セリナは初めて若様が短刀を握っている事に気がついた。それをもぎ取ると、床に投げ捨てる。怒りに満ちていなければできない。
「こんな物を握ったりして!なんで、お姉さんが、頑張るのか分からないの!必死になって勝って、自分と弟の命を守っているのに、勝手に弟に死なれたら、たまったもんじゃない!頑張ったことが、全部無駄になるじゃない!
わたしだって妹がいて、喧嘩もするけど、死んで欲しいなんて思ったこと、一度もないよ!」
「セリナは分からないんだよ!役に立たないことがどんなに辛いことか!もう、もう姉上に迷惑をかけたくない!命がけで戦場に出て貰いたくない!」
若様が言い返した。
「それは、分かるけどね、でも、馬鹿ね、あんたは!迷惑だって思わないから、弟を守りたいんでしょうが!」
「姉上の役に立ちたいんだ!それには、方法は一つしかない!」
結構、若様って頑固者なんだ、と思う。セリナの額に青筋が浮かんだ。一歳年下だと判明したので、完全に弟の気分だ。
「あのねえ、あんた、本当に馬鹿よ!馬鹿なことを言ってると、もう一回、叩くわよ!」
セリナは若様の胸ぐらをつかんだ。
「分かんないの!生きてるだけでいいの!それで、いいんだってば!」
若様が息を呑んだ。黒い双眸が揺らぐ。
「生きてる…だけで?」
「そうよ!」
セリナはつかんでいた胸ぐらから手を放した。
「大体ねえ、勝手に死なれたらわたしだって、嫌よ!あんなに必死になって助けたのに、本当に心配したんだからね!昨日のあの状態でいなくなるって言ったら、拉致しかないじゃないの!そんなことくらい、わたしとリカンナだって分かってる!
何者かが若様を拉致して、あの崖に突き落としたか何かしか考えられないから、崖のとこにいたら、完全に誰か悪い奴がいるって、わたし達だって分かってる!それなのに、あんな嘘ついちゃって!心配かけまいとしたんでしょうけど、分かってんだから!
せっかく助けたのに、勝手に死なないでよ!それに、フォーリさんやこの人達だってかわいそうだよ!」
昨日のことを思い出したら、止まらなくなった。一気にまくしたてた。




