エピローグ 後
フォーリ視点で進みます。セリナのその後が少しだけ分かります。グイニスは「若様」から「旦那様」に変わります。
ファンタジー時代劇です。一般的な転生物語ではありません。洋の東西を問わず、時代劇や活劇がお好きな方、また、ラブ史劇がお好きな方、どうぞお越しください。
意外に頭脳戦もありますかな……。そこまで難しくないので、お気軽にお読み下さい。意外にコメディーかも……?
転生はしませんが、タイムスリップや次元の移動はあります。(ほぼ出てこないので、忘れて読んで頂いてけっこうです。)
早朝の運河の河岸にフォーリは降り立った。誰もいない。朝靄がかかっていて、見通しが悪い。静かに待ち合わせ場所に向かった。
しばらく待っていると、やがて一人の人影が現れた。大事に大きなかごを抱えている。
「…お久しぶりです。フォーリさん。」
セリナは幾分、痩せたように見えた。いろいろと聞きたいことはあったが、時間が無い。
「この子が?」
セリナは静かに頷いた。
「…はい。この子はランウルグです。」
そう言ってゆりかごを差し出した。そのゆりかごをフォーリは大切に抱きかかえる。
「ちょっと待って下さい。」
セリナは言って、もう一度向こうへ戻って行った。フォーリの耳は誰かと話す声を聞き取ったが、聞こえないフリをした。きっと、手ぶらで戻ってくる。
フォーリの予想通り、セリナは手ぶらで戻ってきた。
「…あ、あの。」
なんと言えばいいのか分からず、セリナは口ごもり双眸を涙で揺らしている。
「分かった。この子はランウルグ様だな。新しい若様だ。大切にお育てする。……もう一回、顔を見るか?」
ランウルグが双子につける名前だと知っている。生まれた子供も双子だと知っている。だが、気づかぬフリをした。後で言い出してくるだろう時も、気づかなかったフリをしておく必要があるだろうか。
フォーリの問いにセリナは首を振った。必死に我慢しているという様子だった。
「……いいえ。別れがたくなるので。」
「そうか、分かった。体を大切に。養生するんだぞ。」
聞き分けのない妹に言い聞かせるように言うと、セリナは頷いた。
「それと、あまり泣いてばかりだと子供が悲しむ。」
フォーリはそう言うと、後ろを向いて歩き出した。少しして後ろにもう一人、やってきた気配がした。誰が来ているのかは分かっていたが、わざと振り返らなかった。振り返れば、セリナが困る。彼女の新しい夫だと知っているから。
やがて運河の船着き場に到着した。大きくはないが、部屋のある船に乗り込む。フォーリが乗るとすぐに船は走り出した。中には若様…旦那様とシャルブが待っている。
「お待たせ致しました。若…いえ、旦那様。こちらがお子のランウルグ様です。」
すると、若様…いや旦那様が顔を上げた。
「……本当に?」
「はい。」
すると、旦那様がふと、嬉しそうに何か思い出し笑いをした。
「…そうか、ランウルグか。顔を見せて。」
フォーリは若様を抱き上げると、旦那様に差し出した。
「こうして、腕で頭を支えて下さい。」
事前に人形で練習しておいたので、以外に上手く頭の座っていない赤子を抱きかかえられた。内心、フォーリはほっとする。旦那様が生活全般を含め、自分の身の回りのことなどをするのが苦手だと知っているからだ。練習の時、何回か人形を落とし、陶製の人形の首がもげて欠けた。その時は大変、落ち込んでいた。
だが、なぜか武術などは上手にできた。乗馬も上手にできる。おかしなものだ。
「あぁ、上手く抱っこできた。良かった。」
旦那様が小さく喜びの声を上げる。だが、人形と違うのは生きていることだ。赤ん坊は目を覚まし、じっと初めて見る父親と見知らぬ人々の顔を見上げた。
「……う。」
赤ん坊が泣く用意をし、フォーリとシャルブは身構えた。
「よしよし、初めまして。私はお父さんだよ。本当は夢で会ったね。だから、二回目だね。」
旦那様が声をかけると、赤ん坊の若様は泣きそうになりながらも、じっと父親の顔を見上げた。しばらく泣くのを我慢して、観察している。
「おや、泣くのをやめたの?泣いてもいいよ。」
旦那様がそんなことを言ったとたん、火が付いたように泣き出した。
「あぁ、ほら、若…旦那様が余計なことを言われるから、泣き出すじゃないですか。もうしばらく静かな方が良かったんですが。」
思わずフォーリが文句を言うと、旦那様は笑った。
「…だって、仕方ないよ。それに、言葉が通じているみたいだね。」
泣かせたままにしているので、フォーリは旦那様の腕を揺すらせる。
「ほら、こうして揺すってあやしてあげないといけません。」
「あ、そうだった。」
しかし、ますます赤ん坊は泣き出した。
「仕方ないですね、私があやします。」
「嫌だ、もう少し抱っこしていたい。」
「泣かせたままではいけません。」
「私だってあやせるようになりたい。」
二人が言い合っていると横からひょい、と腕が出てきて赤ん坊を取り上げた。よしよし、と体を揺らすと赤ん坊が徐々に落ち着き、やがて泣き止んだ。
「シャルブ…。」
「お前…。」
思わず旦那様とフォーリはシャルブを凝視した。二人が見たことがないほど、嬉しそうに笑いながら赤ん坊を抱いて揺すっている。ニピ族の里では両親がいないことがほとんどだ。みんな両親は任務でいない。だから、祖父母や親戚で育て、自分の家も含めて隣近所の赤ん坊の子守をするのは当たり前のことだ。
「あはは。言われたとおりだった。」
シャルブが嬉しそうに独り言を言った。旦那様とフォーリは顔を見合わせる。あまりにシャルブが嬉しそうなので、二人もつられて笑う。
「あ、おしっこした。」
シャルブが言ったので、フォーリは頷いた。
「早く乳母のところに連れて行かないと。」
「乳母?どうして早く?」
旦那様が首を傾げる。
「おしっこをしたということは、じきにお腹が空いたと泣き出すからです。」
「おむつを出して下さい。」
説明をしている横でシャルブが言う。おむつが濡れて、赤ん坊がまたぐずりだした。
「分かった、出すよ。」
旦那様が張り切るので、フォーリは急いで止めた。
「私がやります。」
セリナがちゃんとゆりかごの中に入れている。フォーリは分かっていたが、旦那様は分かっていないので、落として使えなくなるかもしれない。
「えー、私も何か手伝う。」
「最初は見ていて下さい。」
ニピ族は赤ん坊の世話が上手い。子供の頃から身についている。誰でもできるものなのだ。自分の子供と同じように親戚の子供もも育て、場合によっては近所の子供も育てる。
旦那様は、シャルブがおむつを取り替えるのを熱心に見守っている。
それが終わってから、もう一度、旦那様は若様を大事に抱きかかえた。
「…フォーリ。この子はランウルグ。…知らないフリを?」
「…それは。」
フォーリが答えあぐねると、旦那様はふふふ、と笑う。
「フォーリもあまいなあ。もう一人は、ランバダだ。夢で会った。ランバダは私に似て鈍くさい子だった。だから、少し心配だな。この子はセリナに似ているから、心配いらないよ。」
セリナに似ているのか、とフォーリは少し心配になった。無鉄砲な所が似ているかもしれない。
フォーリが心配していると、旦那様の両目から涙が溢れた。
「…セリナは、一番の贈り物をくれた。私は…とても、幸せだ。」
街の人々が起きだして、一日の生活を始める音も聞こえてくる。
「本当に、ありがとう、セリナ。」
静かに船が進んでいく。
一時の、静かで幸せな時間だ。少しでも長くこの時間が続きますように、とフォーリは心から神に願った。
終わり
星河語
最後まで読んで頂きましてありがとうございます。
長い間ありがとうございました。一応、これは完結です。彼らのその後も、書きたいとは思っていますが、いつになるでしょうか……?




