襲撃 1
カートン家では異変が起きていた。妙に忙しくなった上、謎の女剣士が侵入したという。ベリー医師は胸騒ぎがして……。
ファンタジー時代劇です。一般的な転生物語ではありません。洋の東西を問わず、時代劇や活劇がお好きな方、また、ラブ史劇がお好きな方、どうぞお越しください。
意外に頭脳戦もありますかな……。そこまで難しくないので、お気軽にお読み下さい。
転生はしませんが、タイムスリップや次元の移動はあります。(ほぼ出てこないので、忘れて読んで頂いてけっこうです。)
その日の夜。
国王軍の兵士達がカートン家の敷地内に入ってきた。
夜中になる前に事件は起きた。夕方、一人の女剣士が突然、里帰り中の国王軍の兵士二人に切りつけ、逃走。一人は即死した。
カートン家は依頼を受けて、現場に治療に行っている。
問題はその後だ。女剣士は逃走。しばらく、街の中に潜伏していたと思われるが、国王軍が見回りをしている前に姿を現し、逃走。まるで鬼ごっこをしているかのように逃げ回り、カートン家の敷地内に逃走したという。
これは正式に捜索させてくれという依頼であり、命令でもあった。当然、カートン家は従う。しかし、そばについて回って患者や治療の邪魔にならないようにするし、療養中の患者達には特に会わないように気を配らなければならない。
今夜、ランゲル医師は夜勤である。王宮に泊まりこみだ。知らせを受けたベリー医師は嫌な予感がした。
ベリー医師も詳細を聞いている。女剣士というのはモディーミマの娘なのではないか。彼女が催眠などでカートン家を襲うように仕向けたのだろう。おそらく、その可能性が高い。そうなれば、関与しているのはあの謎の組織で、狙いは若様だ。
すぐに若様の部屋に向かい、フォーリとシャルブに伝える。さらに元親衛隊にも連絡し、守りを固めた。元親衛隊長のヴァドサ・シークは優秀で剣の腕が立つが、フォーリと一緒に罠に嵌められて片足を失い、義足になっている。その上、絶対的に信用していた副隊長だったベイルの裏切りがって、戦力は落ちていたが、約二十人の力があるかないかは雲泥の差があった。すぐに若様の部屋の周りの守りを固める。
守りを固めればその分、どこにいるか伝えることになってしまうが、今はそれよりも、若様とセリナの安全の方が大事だ。
ベリー医師も若様の部屋の前に待機した。まだ病み上がりなので、カートン家のニピ族達が心配している。とうとう、同期の医師が呼ばれてきた。セリナを診察した人である。
「あんたね、病み上がりのくせに何をしているのよ。まだ、完全に上がってないでしょ。奥さんも息子さん達も走ってあんたの所に来たのよ、あの時。」
「…すまないな。でも、これは仕方ない。私の患者のことでもある。何かあったら、君が先頭に立って戦ってくれ。」
「普通、女にそれ言う?まあ、普通じゃないからいいけど。」
そんなことを言っているうちに連絡が入る。今夜に限って強盗犯や殺人犯、殺人未遂犯、放火犯が何人もカートン家に逃げこんだという。
「なに、気持ち悪いわね。意図的な悪意を感じるわ。誰かに洗脳でもされて、カートン家に逃げ込むように指示されているのかしら?」
「おそらく、十中八九その通りだろう。」
彼女は詳しい事情を知らないので、びっくりして振り返った。
「なんですって!?…嫌な展開ね。ニピ族達の戦力を分散させるつもりね。ただでさえ、ちょっと前に通りで大きな事故があって、酔っ払いが多数巻き込まれて何人も運ばれてきたの。昼間は食中毒が多くて、どこかの食堂で三十人近くの患者を出したのよ。」
彼女の説明を聞いている隣で、ベリー医師は青ざめた。彼女も言いながら気がついた。
「今の話、本当か?」
「ええ。完全に罠だわ。今日は忙しいもの。」
すると、さらに連絡が入ってきた。近くで放火が相次ぎ、大勢の怪我人が出てたくさんの人が運ばれて来ているという。近くの火事はまだ鎮火しておらず、煙がだんだん流れてきているという。もう、手が足りないから応援に来て欲しいという。
「わたしは動かないわよ。いない者と思って。こいつ一人、危ない目に遭わす訳にいかないわ。つい、この間、死にかけたのに。」
連絡に来た医者見習いは、頷いて走って戻っていった。
若様のいる隔離された療養施設はとても静かだが、表は相当過酷な地獄絵図のように大忙しの状態になっているのだろう。
カートン家のニピ族が一人、気がついた。窓を開けて様子を覗う。鼻をくんくんさせる。その行動にベリー医師は気がついた。逃げ込んだ犯罪者の中に放火犯がいる。おそらくザムセーが一枚噛んでいるはずだ。そうなれば、ところ構わず放火するように洗脳されている可能性がある。
案の定だった。外回りのニピ族が走ってきた。
「火事です。放火されました。犯人は一人捕らえましたが、まだ、他にも放火犯はいるみたいです。」
ベリー医師は唸った。一体、どれだけの無関係の人間を巻き込み、何人を殺すつもりなのか。大変腹立たしく怒りに震えてくるが、今はそんなことを言っている場合ではない。同僚の医師に言う。
「ここはもういい。君も早く表に回れ。」
「でも…。」
「いいから、早く。ここはなんとかする。元親衛隊もいるし大丈夫だ。表は大変な事態になっているはずだ。」
彼女も仕方なくため息をついた。
「分かったわ。気をつけるのよ。」
彼女は言って、走って戻った。
「二人は早く消火に回れ。多くの患者が煙に巻かれて死んだら大変だ。消火が無理なら避難の誘導に当たれ。建物は一棟の犠牲で済むなら、一棟を犠牲にする。他の建物を守る班と避難の誘導に当たる班、犯人達の逮捕を手伝う班に別れて行え。」
ベリー医師は、若様の護衛に付いているカートン家のニピ族二人に伝えて送り出した。急いで部屋に入り、フォーリとシャルブに状況を伝える。
二人の顔色もさすがに変わった。ちゃんとご飯を食べさせておいて良かったとベリー医師は思う。遅れて走ってきたシークにも状況を伝えると、苦い表情になった。
「なんと卑怯な罠だ。」
シークは一言呟くと、すぐに隊を二組に分けて若様の部屋の中と外を守らせると言った。急ぎ、外で待機していた隊員にそのことを伝え、副隊長に繰り上がった森の子族出身のロモルに外を任せる。部屋の前には彼らが立った。
「先生も中に入ってください。代わりにシャルブが外に。」
フォーリの判断でそうすることにした。
しばらくしてその考えは正しかったことが判明する。激しい物音と剣戟の音がし始める。「気をつけろ!目つきがおかしい!」と廊下からシークの怒声が聞こえた。だんだんと剣戟の音が近づいて、とうとうすぐそこでしている。やがて、ギィン!と激しい音がし、少し揉み合う音がして静かになった。ベリー医師が様子を見に行くと、剣を折られた女剣士がシャルブに取り押さえられて、気絶させられた所だった。
ベリー医師は戸棚から縄を取り出すと、シャルブに渡す。素早く縛り上げた。シーク達はその様子を見守っていた。
「モディーミマの娘、ノエラです。」
「そうしたら、間違いないな。」
シャルブとシークも頷いた。間違いなく若様を狙っている。守りを手薄にさせるためにこんな事をしているのだ。
若様もセリナもぐっすり眠っていて、まだ起きる気配はない。よほど、安心したのだろう。起こすのは忍びないし、まだ様子を見た方がいいだろう。
外にうかつに出ても危険だ。若様の姿を見たら、襲いかかるように洗脳されているかもしれない。実際には難しいと思うが、あのザムセーである。なんとかやってしまいそうで、恐ろしい。警戒するに越したことはない。
そこで、ベリー医師は気がついた。ザムセーはコニュータに閉じ込められているはずなのだ。うっかりしていた。やはり、頭がまだちゃんと回っていないのかもしれない。ジャロンの影響だろうか、と少しだけベリー医師は自分が心配になった。
つまり、洗脳の方法をザムセーに習った者がいるか、ザムセー本人が閉じ込められている屋敷から脱出したか、のどちらかである。前者ならそれはそれで恐ろしいが、この様子をみると後者の方が正しいような気がする。
だんだん煙も回ってきたようで、なんとなく部屋の中にいても煙の匂いがしてきた。
星河語
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