表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

23/248

戦姫様の話

 セリナはそんな母の後ろ姿を眺めて、重いため息をつくと自分も戻るために裏庭を歩く。

 途中で立ち止まって空を見上げた。なんだか今日は仕事をしたくない。何もやらないでだらだら過ごしたい気分だった。

 一度、目をぎゅっと(つむ)って目を開けると、上から見下ろされていた。セリナは一瞬(いっしゅん)、目を見開き、それから、ひっという悲鳴とともに後ずさった。今日、一番、会いたくないフォーリである。人が来た気配が全くしなかった。ちょっと目を瞑っている間にやってきたのだ。

「お前に話がある。」

「…し、仕事があるので……。」

「お前の母のジリナに伝えてある。」

 逃げ場はない。それでも、ためしに言ってみる。

「…わ、若様の側についてなくていいんですか?」

「若様には今、ヴァドサ…親衛隊長達がついている。」

 やはり、逃げ場はない。

「ついて来い。」

 フォーリはさっき、ジリナと話した場所の前にある物置小屋の中に入った。

(こ、今度は密室だよ…。)

 セリナは冷や汗をかきながら、中に入った。本当に逃げ場はない。入浴中に(のぞ)きをしようとして殺された話を聞いていたので、余計に恐ろしかった。今日、自分は殺されてしまうのだろうか。

(…で、でも、母さんに話をしたなら、殺されはしないか。)

 そこに一縷(いちる)の望みを託し、セリナは震えながらフォーリと対面した。そんなセリナを無言で観察していたフォーリは、一言ぼそっと告げる。

「お前、私に殺されると思っているのか?」

「!ひいや、ち…!」

 (おどろ)きすぎて変な言葉しか出ない。本当はいいえ、違います、と言おうとしたのに。

「お前を殺す必要は無い。」

 セリナはフォーリの言葉にどっと安堵(あんど)しかかる。

「素直に事情を話すならば。」

 後の言葉にもう一度背筋が凍った。素直に話さなければ殺されるのだ。

「お前に聞きたいことはいくつかある。昨晩はなぜ、部屋に来た?」

 セリナは答えようとして、しばらく口をぱくぱくさせていたが、声が出ていなかったため、フォーリに深呼吸をさせられ、ようやく事情を話した。便所の帰りに悲鳴が聞こえて慌てて駆けつけた、という話に納得したようだ。

 よかった、と心底胸をなで下ろす。そこに一つも嘘はないので、これ以上、何か問われても返事を返すことはできない。そうなったら殺されてしまうので、殺される確率が減ったのだ。

 何も聞かれなければ帰れるのに、セリナは自分の方が聞きたい事が出てきて、それが無性に気になりだした。

 何か考えていたフォーリであったが、セリナの行動に敏感に気がつく。

「お前、何か聞きたいことでもあるのか?」 

 セリナは『あんた、やめなさい!』という、もう一人の自分の声を無視して質問した。

「…あのう、お聞きしにくいんですけど、若様にお姉さんがいるんですか?」

 すると、フォーリはなんだ、そんなことかという表情でセリナを見下ろした。小屋には明かり取りの窓があって、以外に中は明るい。

「お前、聞いたことがないのか。リイカ様だ。」

「リイカ様?」

 どこかで聞いたことがあるような気がする。すると、フォーリがため息をついた。

「戦姫様だ。これなら知っているだろう。」

 セリナは、はじかれたようにフォーリを見上げた。それなら、知っている。田舎でも有名な話だ。美少女でありながら、敵国の軍隊を()散らして戦う、勇敢な戦士。時々、戦に勝ったという話を商人が運んでくる。セリナも戦姫様の話を聞くのが大好きだった。作り話だとしても、かっこいいし素敵だ。

「…ほ、本当にいるの!?」

 商人の作り話であると半分以上思っていたので、思わず力を込めて、目を輝かせながらセリナは聞き返した。セリナの反応の方に、フォーリが驚いたように一瞬、身を引いた。

「もちろん、実在の人物だ。ただ、お前の思っているような、光の剣で一振り十人なぎ倒すとか、銀の弓で向こうの山に隠れている敵将をその一矢で射殺すとか、鷹や狼の王と友達で危機に陥った時、助けにきてくれるという話ではない。」

 今の話は商人が村にやってきて、話してくれる話だ。つまり、その辺は作り話ということだ。一番、面白いのに。いけないと分かっているのに、がっかりしてしまう。

「リイカ様は若様の実の姉君だ。若様とは五歳違いで、今年、二十歳になられた。」

 つまり、若様は十五歳だ。

(…十五!?かなり、童顔だったのね。)

「……若様は、お姉さんに戦いに行って欲しくなかったんですね。」

 戦姫様が実在の人物だっという衝撃(しょうげき)で、フォーリに殺されるかもしれないという恐怖を忘れたセリナは、思わず余計な感想を()らしてしまった。言ってしまってから、はっとする。目の前のフォーリから出される空気が、急速に険悪になる。

「当たり前だ。戦地などに一度も行った事のない、たった十五歳の姫をいきなり、戦地に送ることなどあり得ない。若様のご容姿を見れば、リイカ様のご容姿も想像できるだろう。十五歳の娘が男だらけの集団の中で、しかも戦に勝利しなければならない。

 勝利は弟の命と引き換えだ。現実は作り話のように面白おかしい物ではない。どれほど苦労して、実績を積み上げられたか、男でさえも難しい任務をやり遂げられているのか、若様は一度も忘れられたことはない。現実は血反吐を吐くほどの、泥にまみれた(きび)しいものだということだ。」

 セリナは言ったことを後悔した。叔父と叔母の若様にした仕打ちは酷いものだが、姉に対する仕打ちも酷かった。フォーリの言葉には、怒りが(にじ)んでいる。

 つまり、今の話からいけば、弟の命を守りたければ、必ず戦に勝利しろと王である叔父から、厳命(げんめい)を受けているということになる。自分達が格好いいと思っていた戦姫様は、本当は泣きながら必死になって、弟の命を守るために勝利をつかんでいたのだ。戦勝で弟の命を買っていた。いや、今も買っているだ。

 セリナは気がついた。だから、戦姫様は一度も敗戦したことがない。負ければ弟が殺されるから。

 涙を(こら)えられなくなって、セリナはうつむいた。

「…ごめんなさい。無神経なことを言いました。」

 フォーリがため息をついた。

「お前は無知だが、頭が悪いわけではない。」

 言葉がさっきより、優しかった。

「いいか、昨晩、見たことは若様には決して言うな。分かっていると思うが、他言無用だ。」

 セリナは(うなず)いた。

「わ、分かってます。」

「それは、分かっている態度ではない。分かっている態度は、お前の母のような態度のことだ。何か知っているような素振りは全くないだろう。あのように振る舞え。」

 ジリナの態度はセリナには腹が立つが、若様の前には必要なのだと理解した。理解しても腹は立つが。

「分かりました。(むずか)しいですが、努力します。」

「…確かにすぐには身につかないだろう。それでいい。」

 フォーリが許してくれたので、促されて小屋の外に出た。戻ろうとしてセリナは思い出した。

「あの、これお返ししないと。」

 昨日、渡しそびれたブローチだ。

「…それは、お前が直接、若様にお渡ししろ。年の近いお前が話せば、若様も少しは気が紛れるだろう。今日は部屋に()もっておられるから。」

 つまり、今から若様に何事もなかったふりをして、会いにいけと?セリナは慌てた。

「あの。」

「なんだ?」

「まだ、顔の準備ができてません…!」

 本当に必死だったのに、フォーリに笑われてしまい、真っ赤になったセリナだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ