忍び寄る魔の手 2
ベリー医師は一寝して休んだ後、若様とセリナの様子を見に行き、部屋がもぬけの殻になっていることに気がつく。焦るベリー医師に、意外な小さな助け手が現れて……。
ファンタジー時代劇です。一般的な転生物語ではありません。洋の東西を問わず、時代劇や活劇がお好きな方、また、ラブ史劇がお好きな方、どうぞお越しください。
意外に頭脳戦もありますかな……。そこまで難しくないので、お気軽にお読み下さい。
転生はしませんが、タイムスリップや次元の移動はあります。(ほぼ出てこないので、忘れて読んで頂いてけっこうです。)
その日の夕方、仮眠を取ったベリー医師が若様とセリナの部屋に行くと、部屋がもぬけの空になっていた。書き置きも何もない。なぜか、大急ぎで出て行ったような気配が残っていた。
若様とセリナが、こちらに何も言わずに出て行くことは考えられない。つまり、誰かに何か言われて急いで出て行ったのだ。
ベリー医師は内心やられた、と途方に暮れた。忘れていたわけではなかった。誰かがカートン家の内情を漏らしているということを。国王軍の内部にいたように、カートン家の内部にもいることを忘れていたわけではなかった。
(警戒はしていたのに…!なんていうことだ。)
今、フォーリを始めとした護衛達は、極度の疲労のため眠り込んでいる。さすがのベリー医師も、どうするべきかすぐに良い考えが思い浮かばない。部屋の中をうろうろしながら、何か見落としていることはないか探す。
そもそも、この部屋は限られた人間しか出入りできないようになっている。若様の姿をあまり見られないようにするためだ。まずは、接触した人間を全員、調べなければならない。そして、誰がこの部屋に入ったかも調べる必要がある。
ベリー医師が思案しながら中庭の方に出て行くと、一人の少年が出てきた。
「…あのね、ベリー先生。」
まだ、六歳の少年がこんなところにいる方がおかしい。彼は同期のランゲル医師の息子だ。カートン家は優秀な者が多いが、彼はその中でも天才として称されている。本は一度読めば、全て暗記している。しかし、天才的な少年はいっぱしのことも言うが、年相応に幼い所もあった。
たとえば、今、こうして言いつけを破っているため、叱られないか心配しながら、もじもじして言い出さないのはその典型だ。
「どうした、ルイスくん。怒らないから、何を言いたいのか言ってごらん?」
ベリー医師が優しく言うと、ルイスはようやく意を決したように顔を上げた。
「あのね…あのね、見たの、大おじさま。コニュータのおくのおやしきにいる、ザムセー大おじさまを見た。」
ルイスの口から出た名前に、ベリー医師は最初は困惑したが、すぐに状況を理解すると今度は背中がぞっとした。
「……それで、ザムセー大叔父様はどこにいたのかな?」
「先生が出てきたお部屋だよ。ここら辺のお部屋はとくべつな人がいるから、入っちゃいけないって言われてたから、本当にとくべつな人がいるのか、見てたしかめてみようと思って、ここにかくれていたの。そしたら、ザムセーおおおじさまがいたの。」
「お部屋で何をしていたか、分かる?」
ベリー医師の問いにルイスは頷いた。
「うん、こっそり、お部屋のようすを木にのぼって見てたの。そしたらね、こう立てにこうを立てて、いろいろお話してた。でも、あれはさいみんじゅつの手法だよ。
だって、前に父上のしょさいにあった本に書いてあったもん。父上がかいたびぼうろくにもいろいろ、細かいことをかきくわえてあったから、覚えてるもん。それを見てたら、父上がこれは人にかんたんにやっちゃいけないことだよ、って言ったの。
こうの匂いもかいだことなかったよ。前にこっそり、危ない薬草のほかんこに入ったときと似たような匂いがしたよ。」
話しているうちに他の罪も白状してしまっている。危険薬物の保管室にも勝手にこっそり入ったことがあるのだろう。しかし、どうやって入ったのだろうか。後で謎を解明するしかない。
「分かったよ。それで、ザムセー大叔父様はその後、どうしたのかな?」
「まどを開けて、お部屋を出て行った。あそこのお部屋の人達、きれいなお兄さんとおねえさんだった。」
「うん、そのきれいなお兄さんとお姉さんが、どこを通って行ったか分かるかな?」
「ここをとおって行ったよ。それで、木から下りてザムセー大おじさまと会ったことを覚えてますかって聞いたら、覚えてなかったの。なんか、よく分からないって。しばらくねむっていたような気がするけど、何も覚えてないんだって。早く行かなきゃって言って行っちゃったの。」
「どこへ行くか聞いたかな?」
ルイスは首を振った。
「分かんない。」
さすが医者の家門の生まれなだけある。しかも、天才なので早くから学校に入って勉強している。その成果だろう。問診していたことは驚きだった。
「よくやったよ、ルイスくん。本当に助かるよ。」
「ねえ、ベリー先生。あのきれいなお兄さんは、セルゲス公なの?」
ベリー医師は、冷水でもかけられたようにドッキリした。
「どうしてそう思うのかな?」
「だって、とくべつな人がいるお部屋にいる、ゆうやけ色のかみの毛のきれいなお兄さんって言ったら、それしかないと思ったの。ゆうやけ色のかみの毛っていえば、王家のちすじだって言われてるって。」
ベリー医師は下手な小細工は通用しないと判断した。
「…うん、だからね、セルゲス公にお会いしたことは誰にも言っちゃいけないよ。ザムセー大叔父様を見たこともだよ。」
まだ幼子のルイスは深刻な表情で頷いた。
「…父上は?」
「お父さんと護衛のミンスには言っていいよ。だけど、この二人以外には絶対、言っちゃいけない。そうだね、こうしよう。今のお話をお父さんかミンスに必ずお話するんだよ。」
真剣に聞いていたルイスは頷いた。
「分かった。」
「じゃあ、どうするのか言ってごらん?」
「父上かミンスに今のお話をする。それいがいの人にはぜったい、お話ししない。」
ベリー医師は、お母さんが入ってなくて良かったのかと考えたが、奥方のユイラは忙しいし、確か妊娠中でそろそろ生まれるはずだったので、かえって心配をかけるだろうと思い直した。
「それからね、もう二度と勝手に危険薬物の保管室に入ったらダメだからね。もし、閉じ込められてしまったらどうするんだ?出られなくなったら危ないからね。毒で死んでしまうかもしれないよ。」
うん、とルイスは頷いた。脅しでなく本当にその可能性がある。
「私もお父さんに会ったらザムセー大叔父様の話をするつもりだけど、もしかしたら、ルイスくんの方が先にお父さんに会ってお話するかもしれないね。だから、言っておくけど私とお話したことも、お父さんに伝えるんだよ。」
ルイスは頷いた。賢い子なので、この辺は大丈夫だろうと思う。
「じゃ、気をつけて帰るんだよ。」
ベリー医師はルイスを見送った。それから、自分も立ち去ったように見せかけ、物陰に隠れて様子を覗った。
星河語
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