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大事な人の裏切り 2

 裏切ったのはベイルだった。彼は婚約者を人質に取られ、彼女が痛めつけられている証拠を送り付けられて、正常な判断ができなくなってしまった。当然、フォーリは主人である若様を裏切った者を許さず……。

「…私を殺してくれ。肘をやられて剣すらまともに握れない。自害することすらできない…。」

 フォーリは黙って短刀を(さや)から抜いた。

「待て…!待ってくれ、フォーリ。」

 シークが息せき切って入り口から入ってきた。窓から入ることができないため、男が去った後、見張りを倒してここまで来たのだ。

「話をしていいという約束だったはずだ。」

「…遅いからもう来ないものだと。」

 シークは目を()いてから、ため息をついた。ニピ族みたいに建物を登れないのだ。簡単にそんなことを言わないで欲しいが、今はそんな状況ではないので、ため息だけついた。

 フォーリが場所を空けたので、シークは裏切った彼に近づいた。

「…どうして、お前が。ベイル。」

 シークの姿にベイルはうつむいたまま、謝罪した。

「申し訳ありません、隊長。…婚約者が人質に取られたのです。言うことを聞かないと彼女の指を切ると言われ、実際に切られた指が送られてきました。」

 泣きながらベイルは事情を説明した。

「ミリアか。なぜ、彼女の指だと分かった?」

「ミリアの右の小指には、子供の頃、私が剣術の練習中に、不注意でつけてしまった傷跡があるのです。その傷跡は特徴的なので、すぐに分かりました。」

「…なぜ、相談しなかった。相談してくれなかった?」

 ベイルの肩は震えた。とうとう力尽きて、床に座り込んでしまう。

「誰かに言えば、ミリアの手首を切り落とし、その手首を若様の寝所に置いておくと(おど)されたのです。フォーリを捕らえようとした男です。そういう事もできるかもしれない。私は恐ろしくなりました。

 若様は優しいお方です。もし、そういう事があれば、誰にも言わず、自ら危険なところに行ってしまうかもしれない。誰にも言わずに、その男と取引をして、行ってしまうかもしれない。私はそれを恐れました。

 だから、なんとかして女を助けようと思いました。実家にも手紙を送って彼女の安否を確かめました。やはり、行方不明になっているという返事が来て、彼女が人質に取られたことは間違いなく、彼女をなんとか探そうとしました。」

「…だから、お前、コニュータにいる間、度々休みを取ったのか。」

 ベイルは(うなず)いた。

「でも、手がかりすらつかめず、そうこうしているうちに、宿にあの男が現れ、彼女の指をおいていきました。何もせずにコニュータに戻れと言われ、それ以降はお分かりの通り、言うことを聞いて情報をあの男に流し続けました。自分でも愚かだと思いますが、どうしたらいいのか、分かりませんでした。」

 床に座り込んだまま、全身を震わせて罪を白状するベイルを、シークは抱きかかえるようにして支えた。

「……馬鹿だな。どっちみち、言うことを聞いても、あの男は彼女を殺すつもりだったんだぞ。残酷な男だ。」

「……。」

 人は追い詰められたら、正常な判断ができなくなる。シークは許せなかった。フォーリもそして自分自身も、さらに若様も信頼している人物の身内を人質に取り、裏切らせたのだから。ベイルは親衛隊時代からの副隊長として、みんなから信頼されていた。

「…苦しかっただろう。」

 シークも涙を(こら)えきれなかった。

「…はい。でも…今は不思議と、すっきりした気持ちです。」

 シークに向けたベイルの顔は、涙でぐしゃぐしゃだったが、確かにすっきりした表情をしている。

「話は終わったか?」

 フォーリの問いに、シークは涙を(てのひら)で拭った。

「…隊長。ご存じの通り、ニピ族は裏切りを決して許しません。その上、私は若様を危機に陥れた。(あるじ)に徒なす者をニピ族は許さない。サリカタ王国では常識です。

 それに、私は自害すらできないのです。肘をやられて剣を握れません。もう、隊長の下で働くことすらできません。私から剣を取れば何が残るでしょう。ですから、この国で最高のニピ族であるフォーリに殺されるのなら、私は本望です。」

 シークの前でベイルは立ち上がり、自らフォーリの前に歩み寄った。

「…何も言い残すことはないと言いましたが、もう一つあります。」

 フォーリが黙っているので、ベイルは続けた。

「…若様には言わないで下さい。ご心配をおかけします。ただ、怪我でやめたとだけお伝え下さい。」

「……そのつもりだ。」

 フォーリは言うと、ベイルの体に短刀を突き立てた。あっという間の早業だった。ベイルがその場にくずおれるようにして倒れた。

「ベイル……。」

 立ち尽くすシークの前で、フォーリは身を(ひるがえ)して窓から飛び降りた。

「ベイル、お前は……。」

 シークは意識のなくなったベイルを抱きかかえて、泣いた。一番、信用していた部下の裏切りだ。それでも、恨めなかった。彼の婚約者のミリアにも会ったことがある。明るくて快活な女性だ。

 若様のことが一段落付いたら、結婚するはずだった。いつ、その事を言い出すかでベイルは悩んでいた。それが、何も言わなくなったと思ったら、こういう事態になっていたとは。もっと、話を聞いてやるべきだった。シークは後悔した。

 そこに酒の匂いを(まと)わせた何者かの気配がして、シークは顔を上げた。

「おい、あんた、何やってる。」

 ちゃぷん、と男は酒瓶の酒をならした。見た目には完全な酔っ払いだが、目は酔っていない。男はふらっと寄ってきてベイルの(けい)動脈に指を当てる。間違いなく武人の動き。相当な遣い手。気配で分かる。だが、殺意はないので、様子を見ていた。

「さっさとカートン家に運ぶぞ。それとも、本当に殺したいのか?」

「お前は何者だ?」

 男はぐびり、と酒瓶を(あお)った。手の甲で口元を拭い、目だけちらりとこちらに向ける。

「あんたぁ、元国王軍だろうが。分かんだろう。こんなことが許される兵士ってったら。」

 シークははっとした。自分が提案した話だ。特別兵を使わせて貰えないかと。特別兵は、情報収集などの諜報活動が主な仕事だ。時には公にできないようなことも、特別に許されているから特別兵。

「さっさとしろ。あのフォーリってニピ族、恩情をかけて仮死状態にしてある。今なら助かる確率は高い。」

 シークは、弾かれたようにベイルを見つめた。まだ、完全に目の前の男を信用したわけではないが、その可能性は高いだろう。急いでベイルの腕を自分の首に回し、抱えて立ち上がろうとするが、大人の男を一人抱えるのは並大抵のことではない。しかも、左足は義足だから上手く足に力が入らない。足が痛んでシークは尻餅をついた。

「手伝ってくれ。私の左足は義足だ。上手く力が入らない。」

 男はぼりぼりと頭を()いた。

「そういや、そうだっけな。どっちみち、その体格の男を一人でっていうのが無理だ。」

「……。」

 男は指笛を鳴らした。すると、一人は窓からもう二人は入り口から、それぞれ物乞いや物売り、馬車の御者などに変装した者達がやってきた。

「こいつを運べ。カートン家に連れて行く。」

「……。」

 彼らは一斉に黙り込んだ。何か言いたげに酔っ払いの男を見つめる。

「なんだ、てめぇら。」

「お前も運べ。俺は馬車をおいてきた。盗まれたら困るだろうが。」

 御者の変装をしていた男は言うと、勝手に戻っていった。

「ち、しゃーねぇな。」

 男は酒瓶をシークに押しつけると、ベイルの両脇の下に腕を入れて抱え上げる。他の二人はそれぞれ足を持った。面倒くさそうな割に三人はさっさとベイルを運び出す。

 シークは呆然とそれを見送っていた。

「おい、あんた、俺の酒もってこいよ。」

 シークは我に返って、後をついて行った。

 星河語ほしかわ かたり

 最後まで読んで頂きましてありがとうございます。

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