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悲鳴

 夜中にセリナはどうしても、便所に行きたくなった。外に出なくてはならないため、本当なら行きたくない。必死に我慢したが、結局、起き上がった。リカンナを起こして一緒に行って(もら)おうと思ったが、リカンナはぐっすり眠り込んでいて、二、三回ゆすった程度では起きなかった。

 セリナは仕方なく、夜も消さないようにと言われているランプを手に取った。火事になったら危険なので、広めの火鉢の真ん中に置き、その上に銅製の網の(おお)いをかける事になっている。ランプの火は最小限に絞ってあって、心許ない。それでも蝋燭(ろうそく)よりましだ。蝋燭は一歩歩くたびに、(ともしび)(はげ)しく揺れて、あっと思った時には消えてしまう。

 何かあって駆けつけなければならない時のため、ランプという高級な明かりがあるのだ。落として壊したりしないように、セリナは細心の注意を払って便所に行った。無事に用を足し、そろりそろりと戻る。

 屋敷内に戻った時は心底ほっとしたが、それはそれで不気味だった。暗くて広い屋敷は気味が悪いほど、静まりかえっている。夜番の兵士達だけが二名、若様の部屋の前に立つことになっているが、ブローチを渡しに言った時に椅子があったので、おそらくそこに座って気づいたら、居眠りしている状態なのだろうと思う。

 だんだん、そろそろ歩くのがおっくうになってきて、セリナは普通に歩き始めた。ランプは蝋燭と違い、そう簡単に風の影響を受けないと分かり、ほっとする。本当ならだめだが、誰もいないし近道をすることにした。

(なあんだ、気を遣いすぎた。早く帰れるじゃない。)

 セリナはあくびをした。

 うわあぁあぁぁ!

 突然の悲鳴にセリナは飛び上がって(おどろ)き、それが何なのか、一瞬(いっしゅん)、理解できなかった。

 あぁぁ!うわぁぁぁ!

 更なる声にようやく、異常事態だと察した。体が恐怖で固まっていたが、急いで方向転換する。たぶん、誰の声かは分かっている。若様の部屋の方。近道をしようと近くを歩いていたから、間違いない。

「助けてぇぇ!いやだ!やめて!触らないで!だれか、ここから出して!」

 セリナは階段を駆け上がり、若様の部屋の前に来て、扉が開いている事に気がついた。明かりが部屋の外に漏れている。なぜか、兵士二人の姿は見えない。

「やめて、そんなことしないで!出して、お願い、ここから出して!だれか、助けて!」

 セリナは肩で息をしながら、部屋の中に入った。すると、一人はさらに奥の寝室の扉の前に立っていた。寝室の扉は開いている。なぜか全開にしてあった。

「助けて、痛い、やめて、いたいよう、叩かないで!これを外して、助けて!」

 セリナは兵士の後ろから様子を見て、これは決して見てはいけないものを見てしまったのだと理解した。現実の危険ではないことは、うすうす察していた。

 フォーリが寝台の上で泣き叫んで暴れている若様を抱きしめて、呼びかけながら(なだ)めている。

「…お願いです、助けてください!私は何もいりません!だから、ここから出してください、お願いです!」

 若様は必死に誰かに出してくれるよう、頼んでいる。

「若様、若様、フォーリです!目を覚まして下さい。大丈夫、大丈夫。」

「姉上を戦地に送らないでください!お願いです、もう……。」

 若様は泣きじゃくる。

「若様、しっかり、目を覚ましてください、大丈夫です、何もされません。」

 フォーリは幼子をあやすように若様の背中をさすり、体を揺すって(ほお)を軽く叩き続けた。

「…う、うう。」

「若様、若様、気がつかれましたか?」

 泣きじゃくっていた若様が、目を覚ましたようだ。

 全身を震わせながら、根っこが生えたように動けないでいたセリナに、フォーリがふと気がついた。首を振って出て行けと合図されたので、セリナはできるだけ急いで回れ右をした。初めて兵士がセリナに気がついたように振り返った。

 できるだけ静かに、それでも急いでセリナは歩いた。

「…フォ、フォーリ。…恐かった。」

「また、悪い夢をみたのですね。ほら、扉も開いています。閉じ込められません。」

「…うん。でも、よく思い出せないよ。」

「無理して思い出そうとしなくていいのですよ。」

「うん…。ごめんね、寝ていたのに。」

「私のことなら、気になさらなくていいのです。大丈夫ですから。」

 部屋を出て行く前にそんなやりとりが聞こえた。部屋から一歩出て、大きく息を吐いた。階段の踊り場の上で、もう一人の兵士とカートン家の医者のベリー医師が走ってきた所だった。フォーリより年上くらいだろうか。頭には寝癖(ねぐせ)がついたままだ。たたき起こされたのだろう。

 黙ってやり過ごしてから、セリナはなんとか自分の部屋に戻った。ジリナとリカンナを起こさないようにそっとランプを元に戻し、ようやく布団に横になる。

 布団に潜るとなぜだか涙が出た。無性に胸が痛かった。若様の悲鳴と懇願(こんがん)が頭から離れない。

(気が狂っているんじゃない。もし、そうだとしたら、気を狂わされたんだ。)

 セリナはそう確信した。助けて欲しい、出して欲しい、一生懸命頼んでいた。最後は姉を戦地に送らないで欲しいとも言っていた。都の政治の話なんて、遠い世界の話だ。全然気にしたことがないので、誰のことだか分からない。

 ただ、何年か前に王様が王位に()いた時に、かなり何かいざこざがあったことだけは知っていた。あの若様が前の王様の子供だということは分かっている。

(…うーん。思い出せそうで思い出せないなあ。)

 セリナは考え込んだ。普段は全然、恐い思いをしたとか、そんな素振りをみせないが、本当は夜な夜な夢にみるほどの目に()っていたのだと思えば、胸が痛んだ。

 若様はたぶん、憶測で十三、四歳くらいだろうか。だとすれば、確か王様が王位に就いたのが五年くらい前だった気がするので、八歳か九歳くらいの時に(ひど)い目にあったのだろう。

 セリナは眠ろうとしたが、若様の痛いとか、外してとか、そんな言葉ばかり思い出されて、嫌な想像をしてしまう。たかが十歳前後の子供を鎖か何かに(つな)いで監禁していた、そんな状態が思い浮かんでしまう。

 結局、一睡もできないまま、セリナは朝を迎えたのだった。


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