体調の異変 9
セリナはまた不思議な夢を見る。さっきの子供達の夢だ。子供達の内、なぜか一人しか見当たらない。どうしてか聞くと、おとうさんに会いに行ったという。
セリナはまた、夢を見ていた。さっきいた草原だ。今度は若様の姿は最初からなく、子供達の姿も見えなかった。
セリナは心配になった。やっぱり、子供達は行ってしまったのだろうか。引き止められなかったのだろうか。自分のせいだと思うと、胸が締め付けられた。悲しくなってくる。
その時、軽い足音がして振り返った。
「どこ?どこにいるの?」
足に軽く何かがぶつかった感覚がして、足下を見ると、小さな若様がセリナの足に抱きついていた。セリナを見上げてきゃはは、と嬉しそうに笑う。
「そこにいたの?姿が見えないから、心配しちゃった。」
セリナはしゃがんで、その子の頭を撫でて髪をかきあげた。眩しいほどに夕焼け色の髪だ。
「もう一人の子は?」
見分けがつかないほどそっくりなのに、セリナにはなぜか分かった。この子はさっき、最初に来た子ではなく、後から遅れてやってきた子だと。今度はその遅れてきた子が一人で来たのだ。きっと、また遅れたからセリナが来た時に姿がなかったのだ。でも、もう一人の子はどうしたのだろう。
「もうすぐくるよ。」
「もうすぐ?」
うん、と子供は頷いた。
「おとうさんのところにいったの。だけど、もうすぐくるよ。」
おとうさん、という言葉にセリナはくすぐったくなる。若様がお父さんなんて。不思議でなんかおかしい。
「お父さんのところに行ったの。それなら、良かった。もうすぐ来るわね。」
すると、ふふふ、と笑い声がして、小さな人影がやってきた。
「こっちへおいで。」
セリナが招くときゃはは、と笑いながらセリナの腕につかまった。
「お父さんのところに行ってたの?」
「うん。」
「そう。それで、お父さんに会えた?」
「うん。おはなししたの。」
セリナはドキッとした。若様ならそうしそうだ。
「どんなお話したの?」
「あのね、さびしくないように、いまからいくからまっててねって。そういったの。」
「そしたら、なんて?」
「まってるよっていったの。」
子供達は純粋にきらきらと笑う。若様とそっくりだ。本当に可愛い。
「二人とも、さっきはごめんね。お母さん、二人に心配かけちゃった。挨拶をして行こうとしてたの?」
二人は答えずにくすくす笑う。セリナに顔をこすりつけてきて、とても可愛い。
「そういえば、二人はお名前なんていうの?」
「なまえはね、おとうさん。」
「ちがうよ、もうひとりのおとうさんがつけてくれるよ。」
セリナはびっくりした。もう一人のお父さんって?でも、その驚きは心の隅に追いやった。もしかしたら、フォーリのことかもしれない。親みたいな人だから。そう思えば、そんなに気にすることではなかった。
セリナは二人の頭を片手で、それぞれ一人ずつ同時に撫でた。そっくりの顔でにこにこしている。
「おかあさん。」
「いまからいくよ。」
二人が同時にどんっ、と抱きついてくる感覚があった。
それと同時に目が覚める。もしかして。もしかしたら、流産の危機は脱したのかもしれない。なぜか確信があった。
(きっと、大丈夫。だって、いまからいくよって言ったもの。)
頭を巡らせると、若様がそこに突っ伏して眠っている。
(若様もあの子達に会ったのかな?)
思わずセリナは愛おしくて、若様の頭をそっと撫でた。残酷な運命に翻弄されている、美しくて優しい人だ。
(あなたは、お父さんになるの。家族ができるのよ。)
「ねえ、若様。実はこの間、聞いちゃった。寝言で若様が言ってるの。」
静かに小さな声でセリナは謝った。本人が目覚めている時には言えないから。
「叔父上、私はあなたの子供ですかって、聞いていたでしょ。若様はそれを墓場まで持って行くつもりだって、すぐに分かったからわたしもそうするね。ずっと前にフォーリさんに言われたの。知らないふりは、母さんみたいにしろって。それが本当の知らないふりだって。だから、そうするね。
だけど、嘘をついたから、ごめんなさい。そして……本当に可哀想な人…。」
セリナは若様の姿が涙で揺らいで見えなくなるから、涙を拭いた。愛しいのに可哀想でたまらない。なんで、こんな運命なんだろうと思ってしまう。幸せなはずなのに、不安でたまらない。何か漠然とした不安がある。セリナはそっと息を吐いた。
実は部屋の前の扉の外には人がいた。ベリー医師が寝ずの番をしようとしていたのだ。今は真夜中で、辺りには誰もいない。セリナの小さな声は、静かだったから聞こえた。
思わずため息をついた。若様が王位に就かないという本当の理由。うすうす勘づいてはいた。もしかしてと考えたことはある。もし、それが本当なら、セリナの言うとおり本当に可哀想な人だ。そして、王の行動も理解できるようになる。
そして、ベリー医師は今後について考えた。今まで若様についてきた。これからは、どうするか。
(もしかしたら、若様はセリナと別れるつもりかもしれない。彼女の命を守るためなら、そうなさるだろう。おそらく、ハオサンセの真意を理解しているから、出て来られた。モディーミマの所へ行くのも、確認するために違いない。それで、セリナに対してどういう態度を取るのか、それによってはそうなる可能性は高くなる。)
妻は宮廷医にならないと言った時、かなり怒っていたが、彼女も医者なので今は納得している。
(しかし、町医者になるって言ったら、今度は許してくれないかな…。)
でも、結局は許してくれるだろう。街で診療所の医師をやると言っても。この秘密を知っている以上、セリナに黙って誰かがついていなくてはならない。それは、同じように聞いてしまった自分しかできないことなのだ。
フォーリにも言えない秘密だ。言ったら態度が変わるとか、そういう問題ではない。何かが宮廷内で起こっている。それを探り出そうとしてしまうからだ。そして、フォーリほど有能ならば、それができてしまう。できてしまったら、どうなるのか。大きな嵐が起こるのは間違いない。余計に若様の命は狙われてしまうだろう。今度こそ、息の根を止められてしまうかもしれない。
それを避けるには、黙っているしかない。若様とセリナの子供達を守るためにも。ベリー医師は一人、そう決心した。
星河語
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