体調の異変 4
セリナはカートン家に連れてこられた。奥に通された部屋で痛みに耐えていると、ベリー医師がやってきた。セリナは薬を飲めないと言ったが、赤ちゃん達のためだと覚悟を決める。
セリナを抱えた若様は、ハオサンセと一緒にカートン家に入った。全て無料診療のカートン家は、夜でも患者は多い。身分に関係ないから余計だ。一目で上流階級が入ってきたので、他の患者達は何事かと振り返る。
若様はベリー医師が作ってくれた印章を、受付の係に見せた。それを見るなり、彼は急いで三人を中の別室に案内する。後ろの方から、なんであいつらだけ特別なんだ、とか喚いている患者の声が聞こえてきた。たぶん、酔っ払いだ。酔っ払って怪我をしたのだろう。
やがて、セリナは別室に運ばれた。小さな部屋だが、綺麗で落ち着く装飾が施されている。若様はセリナの側にいると言ったが、医者達にハオサンセと共に別室で待つように案内されていった。
セリナは一人取り残され、少し不安になる。お腹はずっと痛い。痛みに耐えていると、やがて、誰かがやってきた。数人の医者だ。
「セリナ。大丈夫?」
ベリー医師だった。
「どうした?お腹が痛いみたいだって、聞いたけど?」
会えなかったこととか、そういったことには触れず、ベリー医師は安心させるようにセリナに話しかける。優しい問いかけに、セリナは安心して答えた。
「…赤ちゃん…赤ちゃん達が行っちゃう!行っちゃだめなのに!」
セリナの答えにベリー医師は一瞬、黙り込んだがすぐに女医を一人呼び、他の医師達にも何か指示した。残ったのはベリー医師も含めて三人だけだ。
「セリナ、ゆっくり、深呼吸して。ちょっと脈を診るよ。」
しばらく脈を診ていたベリー医師は、頷いた。
「確かに、君の言うとおり、妊娠している。月経がこなくなってどれくらい?」
「…二ヶ月は……。今月で三ヶ月目になる……。」
ベリー医師は、ちょうど離ればなれになってからの期間と合うな、と思ったが今は何も言わなかった。痛みをとるため、体の数カ所に鍼を打つ。
手伝いをしている女医が、セリナの背中や腰をゆっくりさすった。セリナの体の緊張が少しとれる。
「…しかし、お目付役がいない間にこうなってしまったか。」
ベリー医師も少し動揺していたため、思わず呟き、同僚のセリナをさすっている女医に臑を蹴られた。
「いや、すまない。別に責めているわけではないんだ。」
慌てて言うが、セリナは両目に涙をためた。ベリー医師は同僚の女医にきっと睨みつけられる。
「…違うの、先生。フォーリさんに会いたいよう。」
ベリー医師は目を丸くした。
「いつの間にか、怖いし嫌いだけど、わたしにとっても、お兄さんみたいになってたの。なんだかんだ言いながら、助けてくれる。でも、会えないから我慢してたの。」
若様を取り合って張り合っているが、若様を大切にして守るということでは、戦友のような二人だ。
「…そうか、だったら若様に言って、早く会えるようにしないと。ちょっと事情があって、探しに行けないでいたけれどね。」
ベリー医師はセリナの頭を撫でながら言った。まだ、少女の時代から知っている。年の離れた妹のような感覚だ。若様も弟のようだから、なんだか、弟と妹が大きくなって子供ができるようにまでなったか、と思えば感慨深い。
「……若様には言えない。」
セリナの声に少し感傷に浸っていたベリー医師は、慌ててセリナを凝視した。
「どうして?言った方がいいと思うよ。」
「だって…。母さんが言ってた。あんまり早くから話したら、赤ちゃんは連れて行かれちゃうって。…実は、ロナが生まれる前に、母さんは一度、流産してるの。ぼんやりとしか覚えてないけど、早めに言ったからだって。そう言ってた。」
ベリー医師は考え込んだ。確かに安定しないうちは、いつ、何があって流産するか分からないものだ。しかし、ごまかし続けるには無理がある。
「…でも、つわりもひどいだろう。吐いたりしていたんじゃないか?」
「…それは。」
セリナが横になったまま、うつむいた。
「だけど……。若様に言ったら、もっと命を賭けちゃう。わたしと赤ちゃん達を守ろうとして、もっと命をかけちゃう。きっとそうなってしまったら、本当に今度こそ、本当に若様は死んじゃう。」
セリナの両目から涙がとめどなく流れる。確かにセリナの言うことも一理ある。あの若様の性格なら、きっとそうなってしまうだろう。
「…分かった。それについては、もう少しゆっくり考えよう。しばらく、ここにいないと君は動けないからね。」
薬が来るまでの間、妊婦の心情を考えてベリー医師は穏やかに諭した。
「ねえ、聞きたいことがあるのよ。」
セリナをさすっている女医がセリナに聞いた。少し低い声の人だ。
「赤ちゃん達って、どうしてそう思うの?」
セリナは夢の話をした。
「だから、きっと、二人なの。顔は若様にそっくりで可愛らしすぎるから、男の子か女の子か分からないけれど、でも、きっと男の子だと思う。」
「そんな夢を見たのか。」
ベリー医師は頷いた。女医の他もう一人いる医師が、ずっと全てを記録している。
「…変だって言わないの?」
セリナが不思議そうに聞いてくる。
「言わないよ。なぜなら、そういう不思議な話はたくさんあるから。」
「…そうなんだ。」
セリナはほっとしている。
「変って言われるって思った。だって…おかしいけど、そうだってなんか思ったの。」
セリナの痛みを紛らすため、話をしていたが、やがて薬湯が運ばれてきた。少しなんとか体を起こすことができるくらいになっていて、セリナの背中を支えた。飲もうとしたが匂いに吐き気を堪えている。何度かやってみるが難しい。
「…だめ、無理、吐きそう。」
「……。これは、赤ちゃんが行かないようにするための薬だ。」
ベリー医師が言うと、セリナの目つきが変わった。本当はそんな薬なんてない。ただ、妊婦に必要な成分と、気持ちを落ち着かせるための成分が入っている。
「…。」
セリナは器をつかみ、鼻をつまんで薬を流し込んだ。彼女は覚悟したのだ。子供を産み、母になる覚悟を。
もう一度、体を横にすると薬が効いてきて気持ちが落ち着き、痛みもよくなってきたらしい。
「若様を呼んでこよう。もちろん、何も言わないよ。」
星河語
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