王子様がくるという噂
「ねえ、知ってる?今度、ご領主様の別荘に、気が狂っちゃったっていう王子様が来て、住まわれるらしいわよ。」
「…何それ。本当なの?」
リカンナに言われて、気のない返事をセリナは返した。
「王子様ってどんな人なのか、気にならないの、あんたは?」
思わずセリナは鼻で笑ってしまった。
「何よぉ、その馬鹿にした笑いはー。」
「ごめん。でも、その王子様って気が狂ってるんでしょ。美少年だって噂だけど、気が狂ってるんじゃ、どうにもならないじゃない。」
すると、今度はリカンナが鼻で笑った。
「あんたこそ、分かってないわねえ。気が狂っちゃってるんだから、お人形さんみたいにいるだけでいいのよ。あんなこととか、ある意味、やりたい放題かもしれないわよ?」
リカンナのにやにやした笑いに、セリナは首を傾げた。
「あんた、何を言ってるの?言ってる意味が分かんないわ。それより、これをさっさとやっちゃおうよ。」
今は冬の間、牛などの家畜に与える干し草をまとめている所だった。
「ほんと、あんたって、村でっていうか、この近隣一帯で一番の美人さんなくせに、なーんにも分かってないのね。おくてなんだから。」
「…分かってるわよ。でも、わたしには関係ないから。どうせ、わたしなんて父さんの気まぐれで捨て猫がかわいそう、なくらいの感じで拾われてきただけなんだから。家での立場も低いし、結婚させて貰えるだけ、ありがたいって所ね。母さんも結納金がもったいないって言ってるし。」
セリナの言葉にリカンナがため息をついた。
「だから、言ってんの。あんたなら、ここから出て行ける。その容姿を最大限に生かす機会じゃないの。その容姿を使って、王子様をたぶらかしちゃえ。」
二人はせっせと干し草をまとめる手だけは動かしながら、おしゃべりを続けた。
「あんた、たぶらかすってねえ。人聞きの悪いこと、言わないでよ。」
「とにかく、あんたはここにいたら、だめ。あんたはきっと、本当はいいとこのお嬢さんなのよ。ここらの先祖代々ここに住んでます、っていうあたし達と全く違う顔つきだもん。あたし達はみんなどこか顔つきが似てるよ。ずっと同じとこに住んでんだから。
でも、あんたはだめよ。出て行かなきゃ。ここにいたら、あんたがだめになっちゃう。そんな気がするよ。」
「……。心配してくれるのは嬉しいよ、リカンナ。でも、それが現実的だって思う?だって、父さんと母さんが育ててくれた恩はあるんだし。」
「もう、十分だよ、恩は返したさ。人一倍、あんたは働いてる。今だってこうして働かされてるじゃないか。」
「ごめん、付き合わせちゃって。」
「あたしが好きでやってんの。とにかく、別荘で人を雇うって話だから、逃しちゃだめよ。もし、行かせないって言うんなら、あたしがおばさんに言って、一緒に行くから。あんたの容姿は使うに超したことはないんだからね。」
リカンナは一方的に話を打ち切ると、仕事を切り上げにかかる。セリナも一緒に最後の干し草を束にしてまとめた。
リカンナの気持ちはありがたいが、セリナはそんな気分になれなかった。子供が捨てられて、拾われるのはざらにある話だ。セリナもざらにある内の一人だった。それでも、拾われ子だから家での立場は弱いし、傷つかないわけではない。
農家で子供を拾うのは、ただ同然で働かせる労働力が欲しいからだ。男の子の場合は得にそうで、女の子の場合は将来的に、自分の家の子供と結婚させて子供を産ませるとか、結婚させないで子供を産ませるためだけ、という場合もある。
セリナもすでに処女ではなかった。だが、母の監視が厳しいので、血の繋がらない一番上の兄にやられた数回だけですんでいる。しかも、村中にセリナの母親が厳しいと知れ渡っているので、セリナに手を出そうとする無謀な若者も年寄りもいなかった。
育ての母はセリナにもすごく厳しいが、その点に関してはありがたかった。そういうこともあるので、余計にリカンナはセリナに家を出ろとうるさく言うのだ。
(わたしなんかが、家を出られるわけがないじゃないの。)
そんなことを思って家に戻ると、すぐに洗濯なんかが待っている。次々に家事に追われる。
こうやって、一日が過ぎ去っていくのだ。