体調の異変 1
あっという間に三か月が過ぎ、セリナは具合が悪くなってしまう。とうとう吐いているところを若様に見られてしまい、休むようにお世話をしてくれる。
ハオサンセの屋敷に世話になるようになって、瞬く間に三ヶ月近く経った。セリナはかなり侍女ぶりが板に付いてきて、かなり上手くなってきた。
だが、最近少し体調が悪い。それに、ここ二ヶ月生理が来ていないので、一抹の不安があった。それでも、激しく生活環境が変わったせいかもしれないし、断定できない。疲れが溜まっているのも事実だった。
若様は心配してくれている。セリナがきつそうにしているのを見て、いろいろと一生懸命、自分でなんでもやろうと努力してくれている。そんな姿を見れば、なんだか微笑ましくて疲れも取れて癒やされる。
「しかし、護衛達が来るのが遅すぎませんか?まさか、とは思いますが探し出せないでいるのでは?」
ある日、ハオサンセが夕食時に少し考えながら言った。
「…いや、違う。フォーリなら有力貴族の元にいるだろう、という見当をつけるはずだ。しかし、それができないということは、問題が生じていて、未だそれが解決できていないから、私を探しに来ないのだろう。」
実際に若様の言うとおりだったのだが、あまりに動きがないため、内通者も敵に報告することがなく、動きがないから動けないという状況だった。一度、動きは確かにあった。だが、その一回だけで確証をつかむことはできなかった。向こうも警戒心の強い敵だ。慎重に動かなければバレてしまう。
そういう状況があって、若様は知らなかったが、まるで見ているかのような推測を立てていた。
「そうですか。…確かにニピ族がこんなに時間が経っているのに探し出せない、というのもおかしい。確かに一理あります。」
ハオサンセも一応、納得した様子だった。
食事が終わり、若様はハオサンセと書斎に行く。ハオサンセとしては、セルゲス公を放っておくわけにもいかないし、若様も世話になっている以上、無視するわけにもいかない。その後で、セリナが若様の残り物で食事をするのが日課になっていた。
セリナは食事をしようとして、匂いに吐き気がこみ上げてきた。最近、胃がむかつくことが多くて、食事が喉を通らない。それでも、倒れては意味がないので、元気だったら目を輝かせて食べるご馳走を、なんとか押し込み流し込む。ありがたいことに果物が多い。若様も、セリナが果物なら喉が通ると分かってから、食後に果物をつまむようにしてくれている。
だいたい、果物に毒を含ませることは難しい。蜜柑などは皮を剥くし、苺などは目の前で洗ってから、侍女が出してくれる。セリナは若様が残した果物を口に運んだ。爽やかな酸味がのどごしが良くて食べやすい。最後に水を飲んで終わる。
「あの、大丈夫ですか?」
食器を下げに来た侍女が尋ねた。顔見知りになっている。
「…え?」
必死になって吐き気を堪えているので、返事が遅れる。
「だって、顔色が悪いですし、最近、食も細くなってきているでしょう?疲れているんじゃないんですか?」
気づかれていた。セリナは焦って首をふっった。
「だ…大丈夫です。」
何か話すたびに吐きそうになるので、必死に堪える。
「何かあったら、言って下さい。」
そう言って、下がっていった。彼女たちが行ってしまって、セリナは大きく息を吐いた。この後、セリナはお風呂を借りることにしている。いつも、若様が寝るための準備を整えてから、入ることにしていた。
具合が悪くてなんとか、明日着る服なんかを整える。
でも、とうとう耐えられなくなった。手洗い用の器に吐いてしまう。そんなことをしていると、若様が戻ってきた。
「セリナ、大丈夫?」
慌てて隠そうとしたが、間に合わない。背中をゆっくりさすってくれた。さらに、水差しの水を豪華なガラスの器に入れて口をゆすがせてくれる。
「水も少し飲んだ方がいいよ。前にベリー先生が吐いたときは、水分が不足しがちになるからって言ってた。」
頷いてなんとか水を飲む。それでも、あまりたくさんは受け付けなかった。
「ごめん、セリナ。私がいろいろと迷惑をかけてしまう。きっと、慣れないことを続けたから、疲れ切ってしまったんだ。早く休んだ方が良い。こういうときは無理してお風呂に入らない方がいいよ。」
本当は体を綺麗にしたかったが、今は若様の助言に従うことにした。若様に助けられて立ち上がる。ふらついて、若様に支えて貰った。
「片付けないと……。」
セリナが言うと若様の眉根が寄った。
「セリナ、そんなのいいよ。私が後で片付けて貰う。君は早く休むんだ。」
「でも…。」
「いいから。」
若様は珍しく強く言って、セリナをひょいと抱きかかえた。初めて抱きかかえられて、セリナは驚いた。
「…わ、若様?大丈夫ですか?後で腕とか痛くなったりしない?」
すると、若様はへへ、と笑う。
「驚いた?私だってフォーリ達に鍛えて貰っているんだよ。」
そう言いながら、セリナを自分の寝台に寝かせた。今はセリナと若様は別々の寝台に寝ている。主従関係ということにしているからだ。セリナは焦った。
「若様、だめですよ、だって、バレちゃう。」
しーっと若様は指を口に当てる。
「大丈夫だよ。それに、私は君をいつまでも侍女にしておきたくない。いつでも、本当のことを言ったって構わないんだ。」
そう言って、靴やら上着やら寝苦しいものは全部脱がせてくれる。嬉しい反面、こんな時でも少しドキドキしてしまう。
「どう、これで楽になった?」
「…うん。ありがとう。」
セリナは少し恥ずかしいのもあって、素直に横になった。横になるとだんだん、気分が悪いのが治まってきた。それと同時にうとうとしてくる。若様が静かに動いた気配があって、気づけば呼び鈴を鳴らしている。何か向こうの方で侍女と話をしているようだ。吐瀉物を片付けて貰っているのだろう。
星河語
最後まで読んで頂きましてありがとうございます。




