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追っ手 5

 若様に昔のことを思い出させようとする男の作戦を台無しにしたセリナ。啖呵を切って怒っていたものの、男が本気になって殺気をぶつけてきた!動けずに目をつむったその時……。

「ふ、あはははは。」

 突然、男が大笑いし始めて、セリナはようやく若様から離れると男を振り返って(にら)みつけた。

「何よ!文句ある!?」

 男は笑いすぎて出た涙を指で拭っている。

「いや、大胆な娘だ。口づけしている間に、私に殺されるとは思わなかったのか?」

「どうせ、殺されるなら、殺される前に若様としておきたかったのよ!悪い!?」

 開き直ったセリナの言い分に、男はさらに笑い出した。

「ほんとはもっといろいろしたいのに、見張りが(きび)しくてできないんだから!あんた達のせいよ!あんた達が追いかけてくるから、余計に見張りが厳しくなって、くっついていられないじゃないの!」

「…私のせいだと?」

 言いながら男は笑い続けている。

「何よ、わたしは本気で怒ってんのよ!若様に手を出さないでよ、わたしのものなんだから!」

 いつの間にか前に進んでいたセリナの肩を、若様がつかんだ。その手の力加減で、若様が落ち着きを取り戻したのが分かった。

「セリナ、ありがとう。」

 まだ、(ほお)をほんのり染めて、微笑みかけてくれる。汗で額や首筋に髪の毛がいく束かくっついていて、それが余計に色っぽさを増していて、見るだけで息が止まりそうだった。矢で射貫かれたかと思うほど、胸がドキリとして、心臓が高鳴った。

 上手く言葉を話せなくて、首をぶんぶん振った。

「まったく、意外な方法だった。まさか、こんな方法で弱点を帳消しにされてしまうとは。もう、これは意味がなくなったようだ。以前ほどの効果はないだろう。」

 男は言って、鐘をぽいっと投げ捨てた。

「余計なことをしてくれた。」

 と言うなり、物凄い殺気を放ってきた。鉄扇を抜く。

「この小娘!」

 どこかで聞いたような罵倒をしながら、男が動いた。セリナは動けない。思わず目を(つむ)った。

 目の前で何かが動いた気配に、セリナは目を開けた。若様が男と組み合っている。男には意外だったらしい。きっと、若様に止められるとは思っていなかったはずだ。

 若様はフォーリやシャルブと訓練をかかさなかった。それは、フォーリの感覚を取り戻すのにも役だった。とりわけ、フォーリが力を入れたのは、ニピ族の鉄扇を止めることだ。そして、それがもっとも有効なのは、剣ではなく体術だということだった。

 大抵の人はそれが怖くてできない。だが、剣だと鉄扇で剣が折れてしまう。だから、思い切って懐に飛び込み、体術技で鉄扇を奪うことを教えられたのだ。シャルブはフォーリに何度も本気でやれと叱られ、フォーリは何度も本気で若様を投げた。若様もフォーリがいいというまで、やめなかった。

 時に若様は、フォーリがもういいと言っても、続けると言ってフォーリがそれに付き合い、後でベリー医師に動きすぎだと叱られることもあるほどだった。

 若様は男の腕を締め、関節を(ひね)り、鉄扇を取り落とさせることに成功した。男は足を使って鉄扇を引き寄せようとしているが、若様がそれをさせず、さらに組み伏せようとする。セリナは隙を見て、鉄扇を拾って少し離れた。それだけで、若様は動きやすくなる。そして、見事に男を地面に組み伏せた。フォーリに教え込まれた通りに、護身用の短刀を抜き、振り上げた。

 だが、振り下ろそうにもそれができない。この一瞬のためらいが相手には最大の好機となる。若様の足を払い、組み伏せられた腕から逃れ、たちまちのうちに逆転する。

 男が若様の手から短刀をもぎ取ろうとする。その後ろからセリナは、男の頭に鉄扇を振り下ろした。フォーリがやっていたように見よう見まねで、てっぺんを打った後に鉄扇の骨で首を打った。男が崩れるように倒れた。

 若様が驚愕(きょうがく)の表情でセリナを見つめる。

「…ど、どうしよう!死んじゃった!?」

 無我夢中でやっておいてから、死んでしまったのではないかとセリナは焦った。若様が急いで男の首筋に指を当てて確認した。

「大丈夫、気絶しただけ。」

 セリナはほっとして、鉄扇を地面に落とした。

「セリナ、君はとうとう、ニピ族の背後を取れるようになったんだね。」

「…え?あ、本当だ。」

 ニピ族の背後を取ることは非常に(むずか)しい。

 コニュータにいる間、親衛隊の元兵士達はシャルブやフォーリに訓練をつけて貰っていた。本来、ニピ族が勘を研ぎ澄まさせる訓練をするために、目隠しをして立ち、その周りから人が来て体に触るというもの。体に触られないように人の気配を感じ取れるまで訓練するのだ。

 しかし、一流のニピ族相手にすれば、目隠しをしていても、どこにいるか分かられてしまい、なかなか体に触れることはできない。ぼーっと立っているように見えても、近づいていけば見えているかのように(かわ)され、反撃を食らってしまう。結局、なかなか隙をつくことができず、動けなくなってしまうのだ。

 護衛のヴァドサ隊長達相手に、シャルブなんかは飽きてしまい、手探りで地面の石ころを拾って並べて遊び出す始末だった。その辺はフォーリと全く違う。しかも、かかっていったらその並べた石を崩さないよう、シャルブは勝手に次元を上げて遊んでいた。もう、完全に“遊ばれて”いたのだ。

 そこに洗濯を終えたセリナがやってきて、何をしているのか尋ねた。話を聞いたセリナはふーんと言って眺めていたが、自分でもできそうだと思い、何気なく近寄って石を並べているシャルブの肩に触った。触る直前に、シャルブは気づいて立ち上がろうとしたが、若干セリナの方が早かった。

 全員が驚愕(きょうがく)して、目を疑った。シャルブは急いで目隠しを外した。フォーリには遊んでいるからだと叱られ、もう一回、やってみることになった。さすがに二回目は失敗したが、惜しかった。それで、セリナは山でウサギが出てきた時を思い出し、深呼吸して静かにしてから立ち上がり、そっと近づいて成功した。

 今度はまぐれではない。シャルブは落ち込んだ。それより、もっと落ち込んだのは護衛をしていた親衛隊の兵士達だった。全員、地面に沈み込みそうなほど落ち込んだ。

 それで、今度はフォーリ相手にやることになった。さすがに二回連続で失敗した。三回目はマントに触った。その後は三回連続で失敗したが、七回目に腕に触った。やっぱり、みんなで驚き、フォーリも落ち込んだ。その落ち込み具合に若様が慌てて、みんなを励まそうとした。

「私なんて最初からできないよ。二人が後ろを向いてたって、私がどこにいるか分かっているんだ。」

 一番下手なのは若様だった。ニピ族達はどうも(あるじ)がいると特別に勘が研ぎ澄まされるらしく、若様がうろついている限り、護衛兵達が成功するのはあり得なかった。だから、若様は最初から座って本を読んだりするしかない。動かない姿勢を見せないといけなかった。若様が本を閉じて立ち上がったりすると途端にだめで、この時ばかりはセリナも成功しなかった。その上、目隠しをしていて見えないせいか、いつもより口やかましい。

「若様、どちらへ行かれるんですか?そちらは薔薇(ばら)の茂みがあります。気をつけないと……。」

 こういう時に若様が、「いたっ。」とか言おうものなら大騒ぎだ。いつもだったら騒がないようなことで騒ぎ、しかも、二人とも全然恥ずかしいと思っていない。

「ああ、大丈夫ですか、お怪我はありませんか…!」

 という事態になっていたのだ。

 そういう訓練をしていたから、今の芸当ができたわけだが、それでも背後を取れたことはなかった。背後は直前になって気づかれることが多い。腕などに触れることが多かった。さすがのセリナも肩に触れたのは、最初の一回だけだ。

(すご)いよ。」

「えへへ。」

 セリナは照れ笑いした。

「若様、それより、今のうちに行かなきゃ。」

「あ、でも、ちょっと待って。行く前にこの人を縛っていこう。」

 確かにほったらかしにするのは危険である。

 星河語ほしかわ かたり

 最後まで読んで頂きましてありがとうございます。

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