追っ手 4
ようやく追っ手から逃げられたと思ったセリナと若様。ところが、ベリー医師と合流するためにカートン家に向かった所、男達に見つかってしまう。
しばらく走り、だんだんセリナの息が上がってきた所で、少し休んで歩き出した。若様は案外、体力がある。フォーリに鍛えられ、フォーリができない間は、親衛隊とシャルブに鍛えられていた。一番、させられていたことは、走ることだった。走って遠くに逃げられる体力をつけるためだ。若様はフォーリの療養中も走る時によく一緒に走っていたから、見た目と違って足も速い。
もちろん、セリナも一緒に走らされていた。村にいた頃から山歩きをして体力には自信があった方だが、コニュータにいる間、かなり鍛えられたと思う。
「遠回りになるけど、もう少し回ってから行こう。まっすぐ行って、あの男を隠れ家に案内しては嫌だから。」
若様の言葉にセリナは頷いた。二人はカートン家で貰った地図を眺めた。
「こんなに分かりやすい地図が、普通に配られているなんて。」
「叔父上の政策の一つだ。最初は敵にサプリュの街を正確に知られると猛反対されたけど、敵に自分達の知らぬ間に正確な地図を作られたらやっかいだが、自分達の作った地図を敵に渡す方が安全だ、という叔父上の理論には誰も勝てなかった。そのおかげで、私達は便利な地図を使える。それにあくまで、道路の地図だしね。国王軍の施設については描いてないから。」
若様の説明にセリナは頷いた。若様の口から国王であった叔父に対する尊敬は聞かれるが、王妃である叔母に対しては、そんなことを聞いたことがないと気がついた。
二人は地図のおかげで、遠回りしても道に迷わないという安心感から、結構遠回りをしていた。できるなら、近い方がいいだろう。でも、敵はやっかいだ。ようやく、隠れ家の近くの通りまでやってきた。
「一回、通り過ぎて何もなければ、もう一回回って入るよ。」
若様の言うとおりに歩き出した。若様は帽子を被って髪を隠している。髪染めの染料はかぶれてしまい、大粒の発疹ができてしまうため、使えなかった。
二人はただの通りすがりのふりをして歩いて行く。その途中で若様は何気なく上を見上げた様子で、上の様子を確認した。
「!」
若様は何かに気がついた様子だったが、しばらく何も言わなかった。打ち合わせの時には、曲がるはずだった角で曲がらず、まっすぐに行く。
「怪しい人影が、隠れ家にしている上階の部屋にいた。」
若様がこっそり教えてくれる。
「二つ目の角で右に曲がるよ。」
二人は二つ目の角で曲がり、路地に出る。そして、さらに曲がってから走り出した。二人はしばらく行ってから、広場になっている公園で息を整えた。
「大体、ベリー先生に会うはずだったのに、途中から忘れてた。」
「あ、そうでした。あの男から逃げることばかり考えてたから。」
「仕方ない、カートン家に行こう。右にしか曲がってないから、戻りやすいし。」
二人は慎重に戻り始めた。途中の路地は緊張する。人通りが少ない上、狭いから追い詰められたら一環の終わりだ。後三つ角を曲がったらカートン家、と言う手前で二人は足を止めた。
「やはり、行き先はカートン家でしたか?」
さっきの男だ。
「サプリュ中のカートン家の診療所付近に、見張りを立てておきました。」
二人はすぐに今来た道を走った。必死に走る。だが、大通りに出られる道は塞がれ、追っ手達が出て来る。仕方なく、空いた道を走るしかない。だが、うすうす分かっていた。これは、おそらく罠だと。それでも、走らずにはいられなかった。
若様は途中で立ち止まった。肩で大きく息をしながら、周りを見回している。たぶん、少し大通りに近い場所だ。確か一回角を曲がれば、大通りに繋がる道に出られる。セリナも息が限界だったので、立ち止まるのは仕方ないが覚悟した。
二人は建物を背にして、男と向き合った。
「どうせ、捕まるのですから、逃げない方が無駄な体力を使わずにすみましたよ。」
男は余裕で近づいてきた。
「まあ、余力の無い方がこちらも助かります。ただ…ここはカートン家に近い。」
男はそんなことを言うと、合図をして部下達を下がらせた。全員黒づくめでどこか気味が悪い。おそらく、カートン家の近くで大暴れしすぎると、カートン家のニピ族に気づかれてしまうから、下がらせたのだろう。つまり、二人を男は一人で捕らえられる自信があるということだ。
「セルゲス公、あなたの弱点は、はっきりしている。」
男はまた鐘を取り出した。若様がびくり、と震える。最初より、反応が過敏になっているような気がした。
「ひ、卑怯だわ!そんな物がなければ、捕まえられないって言うの!」
セリナが男に向かって、なんとか鐘を鳴らすのをやめさせようと怒鳴ると、若様に腕を掴まれた。
「…セリナ、相手は格上だ。煽らない方がいい。」
若様の声は固い。
「ほう、まだ、そんな冷静さを保っていられるとは。だが、いつまで持ちますか。」
男は鐘を鳴らしながら、ゆっくりと間合いを詰めてくる。
「そもそも、卑怯というのは間違いだ。兵法では相手が弱っている所、つまり、弱点を叩けと教える。はっきりした弱点があるのだから、そこを攻めるのは当たり前のことだ。」
セリナは言い返す余裕がなかった。若様が走れないし、ゆっくりしか動けなくなってしまったので、なんとかして壁伝いに男から逃れようと下がるしかなかった。でも、それは相手にとっては、計算の上だったらしい。建物と建物の間の袋小路に追い詰められてしまった。
若様の息が荒い。汗をかきつづけている。全身が強ばって震えている。
「…う、頭が…。」
若様は頭を抑えた。男はますます鐘を鳴らす。セリナは必死に若様を呼び続けた。聞かせないように耳を押さえたかったが、若様が両腕で頭を抑えているので、できない。だから、必死に叫んだ。でも、若様には聞こえていないようだ。それが、セリナの危機感を煽る。
「や、やめろ、やめてくれ!鐘を鳴らすな!」
とうとう若様が叫んだ。若様の両目から涙がこぼれる。
だが、男はふん、と笑うとさらに大きな音で鳴らし始めた。
セリナは若様の懐に入り込んだ。そして、若様の頭をつかんで引き下げると、やめてくれ、と言おうとした若様の唇に口づけした。若様の目がすぐ近くでまん丸になった。驚く若様をそのまま壁に押しつける。若様の唇も口の中もあったかかった。彼の体から緊張が解けるまで、男の存在を忘れたかのように二人だけの時間が流れる。
星河語
最後まで読んで頂きましてありがとうございます。




