追っ手 3
男は若様に何か思い出させようとさせてきた。このままでは、男の作戦通りになってしまう!セリナが焦っていた時、思わぬ助け手が思わない所から出てきて……。
「…ねえ、若様。」
セリナはそっと声をかける。でも、集中していて気がついていないようだ。
「幼い頃のあなたは、大変、愛らしかった。まさに“お人形さん”という表現がふさわしかった。今は美男子になられましたが。
あの頃の正装した姿はまさしく、生きている人形のようだった。不安に顔を曇らせて、大きな両目を一杯に見開き、恐怖に怯えてこう言いました。『どうして、私はここにいなければならないの?叔父上はどうして、私を捕まえたの?あなたは一体、誰?姉上は無事なのか知ってる?』」
若様は何か思い出しかかっているのか、額に汗が浮かんでいる。呼吸も多少、荒くなっている。セリナは不安になった。この男は嘘をついていない。全て本当のことを言っている。
だからこそ、恐ろしい。若様が全てを思い出してしまったら、きっと、心が壊れてしまう。フォーリから、その当時どういうことをされたのか、少し聞いている。王妃という立場の叔母は本当に酷い人だ。
「若様、聞いちゃだめ…!ねえ、若様、わたしを見て…!」
セリナが若様の腕をつかんで大きな声で言うと、若様ははっとしたようにセリナを振り返った。
「…セリナ。でも、何か思い出せそうなんだ。」
「思い出さないで…!わたしは今の若様が良いの!」
セリナが必死になって若様に言い聞かせていると、男が笑った。
「なるほど。お前は何があったのか、護衛から何か聞いているのだな。だから、そうまでして止めようとする。」
「セリナが知ってる?」
若様が敏感に反応した。
「そんなこと、知らないわよ…!だけど、若様が子供の頃、酷い目にあって、そのせいで悪夢はみるし、記憶も所々忘れているのは知ってる!だから、思い出さなくていいって言ってるの!妙な勘ぐりしないでよ!」
セリナは我ながら、うまく躱したと思う。二人とも納得したのだ。
「さすがにあの護衛も、言わなかったか。言えることではないな。」
「セリナ、ごめん、疑ったわけじゃないんだ。妙なことを言うから。」
若様が申し訳なさそうに言う。このまま、男の話の流れが変わればいい。
「それならば、二人に教えてやろう。」
(え、何それ!)
「あなたはこの音が嫌いでは?」
男は懐から布にくるんだ小さな物を取り出した。布の中から出てきたのは小さな鐘だ。
セリナは、はっとした。顔が強ばる。昔、若様が鐘の音を極端に怖がっていた。はっきり覚えている。フォーリが飛んできて、若様を宥めた。全身が強ばって震えていた。
カラン、カランと男が鐘を鳴らし始めた。途端に若様の全身が緊張した。手が小刻みに震え始める。
「…う!」
若様が頭を抑えた。はあはあと息が荒くなる。
「あなたがなぜ、この音が嫌いなのか。」
「聞いちゃだめ!」
セリナは若様の両耳を両手で押さえた。
「こっちを見て!わたしを見て!」
「実に簡単だ。お前達…。」
男が鐘を鳴らしながら、手を上げた。
「弓兵、発射!」
突然、頭の上から大声がして、矢が敵に降り注ぎ始めた。男が鐘をしまって鉄扇を取り出し、矢を落とし始める。だが、男の部下達はそんな芸当はできず、矢に当たっていく。ギイ、という音が後ろからして、セリナと若様は飛び上がった。
若様は鐘の音が消えて、落ち着きを取り戻し始めている。だが、顔色は真っ青だった。
「こちらです、さあ、早く!」
後ろの扉から出てきたのは、藍色部隊の隊長だった。
「早く。」
彼に促されて、二人は急いで中に入った。彼の案内で建物の中を通る。各部屋に入るための長い廊下を歩いて建物から出た。
「ご安心を。王太子殿下のご命令で参りました。さあ、参りましょう。どちらまで行かれますか。目的地までお送り致します。」
「助かった、ありがとう。ところで、お前や部下達の家族は助かったか?」
若様の問いに藍色部隊の隊長は、一瞬、黙ったが頷いた。
「はい。あの時は、本当にお世話になりました。ご助言のおかげで助かりました。ありがとうございました。」
「私は何もしていない。従兄上のおかげだろう。」
「王太子殿下のご配慮によることは、間違いありませんが、セルゲス公のご助言の力も大きいかと。」
「そうか?とにかく、助かって良かった。」
若様は嬉しそうに笑った。セリナは少しほっとした。さっきの子供の頃の嫌な記憶の話は忘れて欲しい。このまま、あの男が来なければいいけれど。
若様と藍色部隊の隊長がはっとした。屋根の上から、男が走って飛び降りてきた。さっきの男だ。さすが、ニピ族だ。なぜか、このニピ族はニピ族に護衛されている者を付け狙う。普通のニピ族と違う。フォーリもシャルブも知らない存在らしく、それが余計に不気味だ。
「どうか、お逃げ下さい…!」
藍色部隊の隊長が叫んだ。彼が何流の剣術流派なのかは知らないが、かなりの手練れなのだと分かった。国王軍の兵士達の訓練を見ているうちに、自然と分かるようになったのだ。
だが、その手練れでも苦労している。少し、分が悪い。サリカタ王国一の武術と言われている、ニピの踊りもしくはニピの舞。やはり、押されぎみだ。守り切れないから、逃げろと言っている。
二人は迷わず走り出した。
「気をつけろ!」
若様は誰にでもそう言う。だから、いろんな人が若様のことを好きになる。
星河語
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