サプリュで 1
とうとうサプリュにやってきました。王太子タルナスは、泣いて若様との再会を喜びます。でも、時間がないので慌ただしく弔問をすませて、王宮を出ることに……。
若様の判断通り、敵はこんなに早く動くとは思わなかったらしく、順調に堂々とコニュータを出て、サプリュに到着した。
最初、セリナはフォーリが用意した隠れ家に隠れていることになりかけたが、セリナが反対してなしになった。いつ、離ればなれになるか分からないのに、敵陣の最奥である王宮に行くのに、一人で待っているのは嫌だった。
結局、セリナは使用人の格好で付いていくことになった。その方が若様も安心できるし、王宮を出た後そのままサプリュを出て逃げることも可能だからだ。今は機動力を優先した。
一番、問題なのがヴァドサ隊長達だった。国王軍で顔を知られている。当然、親衛隊を辞めて国王軍所属ではなくなったから、それぞれ自分達で衣服を整えて護衛に付き、顔を隠すことになった。ただ、セルゲス公として正式に行けないので、護衛のヴァドサ隊長達を連れて王宮内に入ることはできない。
それこそ、王宮の近くで待機するしかなく、万一の時には逃げて、待ち合わせ場所で集合ということになっている。
王太子殿下にだけ、入る直前にシャルブが連絡を入れ、王太子殿下の手引きで王宮内に入った。そして、王太子殿下が自分一人になりたい時に使っている、秘密の小部屋で王太子殿下と若様は再会した。
「なぜ、やってきた、グイニス…!」
そう言いながら、嬉しそうに若様を抱きしめた。
「ずっと、心配していた…!良かった、とりあえず無事で…。」
王太子殿下は涙を流して喜んだ。
「従兄上、申し訳ありません。ご心配をおかけして。」
「本当だ…。夢ではないな。」
王太子殿下は若様の顔をじっと見つめていたが、涙を拭いた。
「ゆっくりしていられないな。お前を父のところに案内しよう。グイニス。お前はこの後、王宮を出て行くのだな?」
「そのつもりです。」
「お前を隠しておける場所があればいいのだが。しかし、そういうわけにもいかないな。監禁することになってしまう。」
「従兄上、ご心配なく。」
王太子殿下は自分自身を安心させるように微笑んだ。
「そうか。では、行こう。その格好で目立たないからいいことにしよう。ポウト、先に行ってクフルに人払いをさせておけ。」
ポウトに命じ、歩き出した。セリナはうつむいて歩いていたので、王宮内にいるのに、全然周りを見ることができなかった。決して顔を上げるな、とフォーリに厳命されていた。王太子殿下にセリナのことを思い出させてはならない、という。思い出したら、セリナを大事な従弟についた余計な娘だと判断し、排除、つまり、殺される可能性があるという。
セリナも殺されるのはごめんなので、必死にうつむいていた。徹底して使用人を演じ、気配を隠す。印象に残らないように気をつけた。
どこをどう行ったか分からないが、とにかく王の遺体が安置されている場所に到着した。臭いを消すための香などが焚かれているが、独特の臭いが漂っていた。腐臭よりも強烈な薬草などの薬品の臭いがする。セリナは気分が悪くなりそうだった。若様も辛そうだ。手巾で鼻を覆っていいと言われ、全員、ありがたくそうさせて貰う。
「従兄上、一体、これは?」
「防腐処理をしてある。お前だから言うが、これは母と私とカートン家の共犯だ。王の死を偽装した。だが、王でなくとも重い罪だな、これは。」
そう言って、王太子殿下は若様に注意した。
「覚悟して会うといい。生前の父を思い浮かべるな。私達は出ていよう。」
王太子殿下は部屋を出て行った。中には若様とフォーリだけが中に入り、手前の部屋でシャルブとセリナが待ち、さらに外の部屋で王太子殿下と護衛のポウトが待っている。
しばらくして、若様のすすり泣いている声が聞こえてきた。酷い目にあったのに、叔父を恨んでいない若様は、本当に心が綺麗な人だと思う。心が綺麗で…だけど、大変な運命だから、最初から美しく生まれてきたのだろうか。セリナはそんなことを考えたりした。
さみしい場所だな、と感じた。広くて豪華なのに温かみがない。冷たくて孤独だったのではないだろうか。なんだか、辛くなってきて、セリナは無性にこの部屋を出たくなった。
「大丈夫か?」
シャルブが小声で聞いてきた。大丈夫だと言おうとして、吐き気がこみ上げてきて、セリナは必死に堪えた。涙目になる。その様子を見て、シャルブが扉を小さく叩いた。セリナの体調だけでなく、時間もきている。
若様が少しして出てきた。泣き腫らした目をしている。涙を拭きながら、セリナの具合が悪いことに気がついた。おや、という表情をしたが、王太子殿下がいるので何も言わず、背中をそっとさすってくれた。それだけで少し楽になる。でも、若様が近づくとさっきの強烈な臭いが一緒についてくる。
「若様、臭いが。」
小声で言うと、若様も顔をしかめた。
「後で着替えるしかありません。」
フォーリが小声で言った。
四人が王太子殿下の元へ行くと、彼もその問題に気がついたらしい。ポウトにクフルに四人分の服を用意させるよう、言いつける。小部屋に案内されて、四人は着替えた。セリナも男兄弟がいたから、男性陣の中で着替えるのは平気だ。後ろを向いて着替える。みんな後ろを向けばいい。
服はもったいないが、洗っても落ちないだろうということで、置いていく。
「グイニス、本当に気をつけるんだ。従姉上にも会わせられたら良かったが。」
「従兄上、お気になさらず。仕方ありません。私が急にやってきたのですから。」
王太子は、うん、と頷いた。本当に別れがたそうだったが、時間もないので王太子殿下達と別れ、慎重に王宮の内側の城壁外に出た。だが、まだ、外側の城壁から出なくてはならない。王宮の城壁は二重になっている。外側と内側の間は王宮で働く人々の一時的な住まいや、護衛の国王軍の兵士達の詰め所などがある。さらに、街から御用商人などがやってきて、商品を保管したり売買したりする簡易的な市もあり、結構人がいる。それだけの広さがあるのだ。
それだけに、紛れやすくもあるが見つかれば面倒でもあった。使用人や兵士達が歩く場所を王子が歩くことはほとんどない。一番の問題は門の出入りだ。多くの人が出入りするため、検問が厳しい。
星河語
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