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王の崩御 2

 タルナス王太子からの伝言を聞いた若様は、叔父の弔問に行くと言い出す。

「それで、シャルブ、従兄上はなんと仰っていた?」

 シャルブは一礼した。

「そのまま、殿下のお言葉を申し上げます。」

 若様は(うなず)いて許可する。

「『落ち着いて聞いて欲しい。私の母は正気を失った。』」

 若様はあっと息を呑んだ。フォーリでさえもかすかに息を呑んだ。みんな、顔が強ばる。その意味は、こう受け取れる。正気を失った王妃が、夫である病の王を殺した、と言う意味に。

「『もし、母の知らぬ間であったならば、お前に王位を返す最大の機会だった。だが、母という存在が大きな障壁だ。今は逃げろ。とにかく、なんとかして生き延びてくれ。母はお前に今まで以上に刺客を送る。想定の話ではない。決定事項だ。誰が母に協力して刺客を送るかも、大体つかめた。

 確実な証拠がある訳ではない。だが、お前に伝えておきたい。ベブフフはお前も知っている通り、以前から母にすり寄っていた。だが、ベブフフ以上に危険なのが、ラコッピ家のスクーキ=マリャだ。ラコッピ家の五男だが、兄達のほとんどが不審な死を遂げた。従姉上に近寄っていたが、近頃は母に近づいている。

 それから、意外かもしれないがセセヌア妃も危険だ。父のせいで結婚できなかったと聞いている。それで、王家を恨んでいるらしく、母の鼻を明かすためにお前の命を狙っているらしい。父はなぜかセセヌア妃のかつての婚約者であった、シバシス・ゲイルという男に宮廷に出入りできる権限を与えていたが、その男は、セセヌア妃の護衛の名目で、十人前後の私兵を私的に動かしていい権限を得ている。

 明確なのはこれくらいだが、もしかしたらクグン家もベブフフに組して何か動きがあるかもしれない。知っているとおり、クグン家の当主はセーラトシュ家からの養子だから、セーラトシュ流という一大剣術流派が動かないとは言い切れない。そうなれば、お前の敵は一気に膨れ上がる。他にも王族の中に何か企んでいる者がいる。

 とにかく、気をつけて、命を守ることを一番に考えて生き抜いて欲しい。従姉(あね)上については、私が責任を持って守る。お前を守ってやれなくてすまない。私の母のことは、本当に申し訳なく思う。こんな母で申し訳ない。いつかまた、再会できることを心から願う。

 フォーリをはじめ、グイニスを守っている者達に頼む。グイニスを守って欲しい。心から頼む。助けて欲しい。

 最後にグイニス、お前のことは本当に弟のように愛している。お前に平穏な日が訪れる日がくるまで努力するから、必ず生きて帰って来い。』以上です。」

 王太子タルナスからのセルゲス公グイニスに宛てた私信だった。これをとっさにまとめた王太子も凄いが、全部覚えてきたシャルブはもっと(すご)い。 

「従兄上。いつも、心配をかけてしまう。従兄上が謝られることではないのに。」

 若様が苦しそうに(つぶや)いた。

「若様、ゆっくりしていられません。」

 今まで黙っていたフォーリが発言した。

「こうなってくると、このカートン家で起こった奇妙な出来事も、敵の一手目といえるでしょう。向こうも王宮の内部事情を知っている。重大な秘密でさえ、知ることのできる人物が敵にいるということです。

 我々に揺さぶりをかけ、出した所で捕らえるという、生やさしいものではなくなりました。彼らが手を下さなくても、手を下す者が大勢いる。カートン家を出たら刺客の嵐ということ。正直、かなり厳しい戦いになると覚悟しなくてはなりません。我々の居場所が敵に明らかになっていると思った方がいいでしょう。」

 若様がどうするか考えている間に、フォーリはシャルブに命じ、さらにベリー医師にも頼んで、周りの警護(けいご)を厳しくした。

 ヴァドサ隊長も一旦、退室して近くに待機しているベイル達に事情を説明し、カートン家のニピ族やフォーリの仲間のニピ族と共に、警護をさせた。そうしておいて、部屋に戻ってきた。まさか、左足が義足だとは思えないほど、回復していた。歩くには全く差し支えないようだ。

「みんなには申し訳ないが、私は一度、サプリュに行こうと思う。一国の王が身罷られた。公にできなくても、弔慰(ちょうい)を示したいし、私にとっては叔父だ。叔父が亡くなったのに、最後の別れにも行かないような人にはなりたくない。最後に一目、お会いしたい。どうか、私の我がままを許してくれ。」

「若様なら、そう仰ると思っていました。」

 フォーリが答えた。

「それに、サプリュなら敵の裏をかけるでしょう。まさか、いわば敵陣の真ん中に自らやってくるとは、思わないでしょうから。ただ、長居はできません。」

 ヴァドサも言った。

「早いほうがいいでしょう。今夜にでも出発した方がいいかと思います。いつでも、出発できるように準備は整えてありますから。」

 ベリー医師が提案する。

「ありがとう、ベリー先生。でも、カートン家の馬車は使わない。」

「なせですか、若様。」

「向こうはカートン家に私達がいて、カートン家の馬車で出て来ると思っている。だから、カートン家の馬車を狙っているだろう。」

「なるほど、だから、あえてカートン家の馬車は使わず…。」

「それに、カートン家の馬車は、病人や怪我人が乗るものだ。私は元気なのに乗るわけにはいかない。病気の人達に、あまり迷惑はかけたくない。そして、今夜まで待つつもりもない。いつでも、動けるように準備していた。だから、今から行く。昼間ならカートン家の馬車でなくても、目立たない。」

 若様は言って立ち上がった。普段はおっとりしているが、決断したら早い。

「では、私は裏工作を…。」

「いや、シャルブ、ここはカートン家。迷惑をかけてはいけない。サリカタ王国の大事な根幹部分の一つだ。カートン家の医療技術や医学があるから、サリカタ王国は医療大国でいられる。重要な研究施設に何かあってはいけないから、さっさと退散しよう。向こうが気がついた時には、もぬけの殻でちょうどいい。」

「分かりました。」

 それを聞いていたベリー医師が、一人のニピ族を呼んでこそこそと指示した。シャルブがやろうとした裏工作、つまり、ここにあたかもいるようなフリをして、夜中に出て行ったとように見せかけ、敵をそっちに向かせる作戦だ。それをベリー医師が指示したのだ。若様にはもちろん、知らせない。ベリー医師のカートン家としての判断だ。

「セリナ、いるね?」

 静かだったので若様が確認する。

「はい、います。」

「一緒に行こう。」

 若様がにっこりして、セリナの手を(つな)いだ。でも、その笑顔とは裏腹に、手に汗をかいている。本当は緊張しているのだろう。本当は胸を痛めて悲しんでいるはずだ。

「……結局、叔父上と話ができなかった。聞きたいことがあったのに。必ず確認したかったのに。」

 ぽつり、と若様が()らした。何を?とは聞けなかった。聞くのはとても怖い気がした。若様は本当は何か、自分が王位についてはいけない何かを知っているのかもしれない、とこの時、初めてセリナは思った。


 星河語ほしかわ かたり

 最後まで読んで頂きましてありがとうございます。

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