動き始めた事態 1
カートン家でゆっくりしていたセリナ達ですが、ゆっくりしていられなくなります。誰かが情報を漏らしている可能性が出てきました。
事態は急に動くものだ。
フォーリはかなり回復して、以前のように舞もできるようになった。だが、元気になればカートン家から出て行かなくてはならない。ただ、ベリー医師曰く、若様もカートン家の患者なので、経過観察ということでいることはできるという。
そんな矢先、思いがけない出来事が起きた。カートン家のかなり奥に隔離されていたはずなのに、若様のことが噂になったのだ。一見、男装の麗人のようにも見える若様は、庭などを歩いていると大変映える。元気になったフォーリも隣を歩いていたりすれば、余計に見栄えした。
どこから聞いてきたのか、中庭を散策している若様を一目見ようと、療養中の人々が群がった。最初はぽつり、ぽつりだったのが、噂が急に広がったのだろう、突然、多くの人がやってきたのだ。
それに気がついたのは、セリナだった。噂になりだした時点で、フォーリはすぐにシャルブに準備をしに行かせた。どこか、隠れ家を用意したらしい。
出て行く準備はしていたのだが、噂の方が早かった。人の口に戸は立てられない。
セリナが洗濯を終えて帰ってくる途中で、ぞろぞろ付いてくる人に気がついた。どうやら、セリナは洗濯をしているから、使用人だと思われているらしい。使用人の後を追って、若様を一目見ようという魂胆のようだ。本当は違うから、少し面白くない。
(そりゃ、わたしはただの村娘だけどさ。使用人に見えるんでしょうけど…!)
カートン家の方も、入っていかないようにいろいろ立て札を立てたり、入り口を塞いだりして対策は取ってあるのに、なぜかそれを暴露するものがいるらしく、すぐにばれてしまうのだ。そして、いきなり、この大量の人だ。
セリナはいざという時の、回り道を行くことにした。ベリー医師に特別に地下通路を教えて貰っていて、そこを通って戻った。
そして、大急ぎで走り、奥の中庭を散策しながら、フォーリと剣の練習をしている若様に現状を報告する。三人は急いで準備をした。いつでも出て行けるようにしてあったので、上着やマントを着て、荷物を持つ。
フォーリと若様はそっくりの装束を身につけている。傍目にはどっちがどっちか分からないようにしていた。
まずはカートン家内で移動する。さらに奥の離れ屋敷に隠れた。そこに移動するよう、事前の話し合いで決めてあった。部屋には、そこに移動したことがベリー医師に伝わるように印をつけてきた。
これでも見つかるなら、内部に間者がいて誰かに秘密を漏らしていることになる。それを確かめるための措置だ。あまり使っていないため、離れ屋敷は籠もった臭いがしている。みんなで窓を開けて回り、掃除をした。若様も気にしないので一緒に手伝う。
さすがにすぐには見つからなかった。
だが、五日後、見つかった。
「カートン家内に誰か、間者がいるな。」
ベリー医師が難しい顔で言った。この日は次期カートン家家長で宮廷医師団長だと言われている、ランゲル・カートンが一緒だった。
「困りました。患者の事を探って言いふらす者がいるとは。それとも、外部から入って来たか?病人のふりをすれば、いつでも入れはする。」
「病人のフリをして中に入り、診察を受ける前に、多くの人がいて混雑している間に姿をくらませば、その人の存在は確認できない。」
「ただし、それを実行するには、よほど武術の腕に自信がないとできない。常にニピ族が敷地中を見張って歩いている。ニピ族の見張りが地面に立っているだけでないのは、百も承知なはず。」
ランゲル医師とベリー医師は二人で考え込んだ。
「私の思うに、おそらくフォーリをやろうとした、ニピ族だという男と謎の組織だろう。どこにいるか分からず、行方を追っていたが、カートン家にいると目星をつけ、ここに焦点を絞った。長い間、じっとしすぎたか。」
ベリー医師が悔しそうに言う。
「フォーリの舞を見せて貰ったが、相当の腕前だ。あの舞で以前よりも切れが悪いというのだから、以前のフォーリを捕らえられる自信があるほど、相手の男も相当の腕前と考えるしかない。」
ランゲル医師も難しい顔で言う。
「しかも、フォーリとまともに戦ったら負けると判断し、周到に罠を張る慎重さに加え、人質を取って卑怯な手段に出ることも厭わない図太さも併せ持っている。その上、敵の多くは薬で理性を失っているらしいと聞く。己以外は死んでも構わないという冷酷さ、残酷さ、残忍さもある、実に嫌な相手だ。」
ベリー医師は本当に嫌そうだった。
「一体、どんな薬だ?」
ベリー医師は考え込んだ。
「私もそれが気になっている。腕だろうが足だろうが、切り落とされてしまったら、すぐに血止めをしないと失血死してしまう。動脈を切られたら、誰だろうと死ぬ。手がなくなった時点で、普通は痛みと死の恐怖で動けなくなるはずだ。」
医師達の話からしたら、フォーリが戦った相手はよほど、普通ではない手段を用いた集団で、しかも、用いられていた薬も謎らしい。
「おそらく、今度は最初から若様を狙ってくる。」
今まで黙っていたヴァドサ・シーク隊長が口を開いた。若様のいた離れ屋敷が見つかったため、今度は思い切って本家の中枢に隠したのだ。ここなら、患者達は入って来れない。入ってこれるのは、けしかけていた何者か、しかいない。そして、重要な話し合いになるため、シークも呼ばれた。
若様とフォーリの他にセリナも同席していた。若様にセリナも大事な一員だから、と言われてフォーリも頷いたので仕方ない。居心地も悪くそこにいた。
「最初は若様を狙っていた。だが、フォーリと我々国王軍に阻まれて失敗した。さらに王太子殿下が来られた時を利用したが、それも失敗に終わった。様々な小細工も決定打にはならなかった。
だから、次にフォーリと親衛隊の頭の私を狙った。フォーリと私を捕らえ、さらにあわよくば情報を聞き出したかったのだろう。だが、想像以上に手下を失い、結局、助け出されたので失敗に終わった。
そして、こうなったら、直接若様を狙うだろう。さらに一緒にいるセリナも。」
セリナは思わずどきっとした。自分が悪いことをしたかのような気分になってしまう。隣の若様が大丈夫、というようにそっと手を握ってくれた。
「どうやら、この謎の組織を雇ったか、謎の組織とは知らず、お金を払えば、なんでもやってくれる何でも屋だと思って使っているのは、妃殿下らしい。私が言いたいのは、一番知られたらやっかいな相手に、セリナの存在を知られている可能性が高い、ということだ。そして、セリナの存在を決して、誰にも言われないだろう。
なぜなら、若様のお子が生まれることを王妃殿下は最も恐れておられる。王太子殿下に知られる前に、始末しようとお考えになるはずだ。この際だから、確認させて頂くが、お二人は最近、そういうことはなさいましたか?お子ができるようなことを。」
突然、真面目な話の最中に、そんな話を振られたため、若様もセリナもぎょっとして大いに慌てた。
「…え、えっと、それは…。」
「そ、そんなこと…。」
しどろもどろになっていると、横から助け船が出る。
「私が見張っているので、そういうことはなさっておられません。」
フォーリの答えに一同は納得して頷いた。
「……。」
「……。」
納得されるのも、それはそれで微妙な気がする…。さすがの若様も同じ気持ちだったらしい。恥ずかしそうに黙り込んだ。
星河語
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