エレーナ嬢 3
極悪非道な悪役令嬢を目指したはずなのですが、悪役令嬢ではないようです。だってねえ、彼女のお父さんの性格を考えたら、そんな馬鹿な娘を嫁に出すわけないしねえ、とか考えたら悪役令嬢ではなくなってしまいました。
話が終わり、エレーナは立ち上がった。
「エレーナ。もし、セルゲス公と婚約が決まった場合、お前には大変な道を歩ませることになる。申し訳ないな。仮に婚約までいかなくとも、しばらく辛い目に遭うだろう。」
婚約が決まったら当然王妃を始め、やっかみをかうだろうし、婚約に至らずとも噂を立てられるということだ。
「覚悟しております。それに、お父さま。レルスリ家に生まれた以上、八大貴族の筆頭としてお父さまがいらっしゃる限り、噂を立てられます。ですから、慣れています。」
複雑な表情でバムスは娘のエレーナを見つめていたが、エレーナ流の慰めを受けて、ふっと笑った。穏やかな笑みである。幼い頃から、この笑みは好きだった。
父のバムスはいつも、仮面のように笑顔を絶やさないが、この笑みは自然な笑みだからだ。
「そうか、苦労をかける。」
「いいえ、お父さま。これくらい、なんともありません。貴族の娘ですもの。それに、わたくしも年頃の娘です。普段は地味にしておりますが、セルゲス公殿下は大変、美しいお方だと聞いていますから、今からお会いするのが楽しみです。
わたくしは自分の顔がそんなに美しくないと自認していますから、セルゲス公殿下の美貌に及ばないと心が傷つく心配もありません。」
エレーナの冗談を聞いて、バムスは困ったような表情を浮かべて苦笑した。
「エレーナ、そんなに卑下しなくとも、お前にはお前の魅力があるのだよ。」
「…そうですか?」
すると、思いのほかバムスは真剣な表情で頷いた。
「お前の目は優しいし、何より聡く落ち着いた口調がいいのだよ。セルゲス公殿下は繊細で聡明なお方だ。自分の美貌ばかり気にしている娘は、最初から相手にもされない。」
だから、余計にお前なのだよ、と父は優しく教えてくれた。エレーナは普段から忙しい父が、きちんと自分を見ていてくれたことが嬉しくなった。
家族中でエレーナは馬鹿にされている方だ。地味で大人しい性格をしているから。何人か居る姉妹達は、自分の美しさが武器だということで、毎日美容に余念がない。そして、セルゲス公殿下か王太子殿下に嫁ぐと決めているようで、せっせと美しくいることに気をかけている。
でも、バムスは言った。
「ついでに言っておくが、エレーナは気づいているだろうけれども、王太子殿下には八大貴族は誰も嫁がせられない。王太子殿下が決してお認めにならないからだ。」
つまり、だから余計にセルゲス公なのだ。王太子も普通に支えていくが、裏でもセルゲス公と婚姻関係を結んでおく。
そんなことをするから、余計に抜け目ないとか言われるのである。
「お父さま。他の方々に嫌われますわよ。」
「まあ…そうだろう。でも、お前達が好きでいてくれるから、心配はしていないよ。それに、セルゲス公殿下も結構、私のことを過剰に評価して下さっていてね。少年時代に話したことが、とても楽しかったようだ。
だから、お前にも過剰に期待されるかもしれないね。面白い話をしてくれると。」
「まあ……。そういうことですのね。分かりましたわ。本は嫌いではありませんもの。今から読んで蓄えておきます。」
エレーナは第三夫人ルーナの娘だ。ルーナは元民警の警察官で、街で起きた事件を調べる仕事をしていた。腕利きの警官だったのだ。ルーナはその賢さを買われている。エレーナも美貌が大したことではないと分かっている。エレーナの武器は知識の方だ。
本を読むのは昔から好きだった。いろんな話をして聞かせるのも割と好きである。そういうことも兼ねてエレーナを父は選んだのだ。そして、美貌や押しの強さで家族を判断していないのも嬉しかった。
その後も意外に父のバムスと話し込んでから、エレーナは部屋に戻った。
エレーナの表情から、母のルーナはすぐに何があったのか見破った。ルーナに隠し事をしてもすぐに分かられるので、素直にバムスとの話を伝える。ルーナに話してはダメだとは言われていない。
「分かったわ。他言無用ね。それにしても、エレーナ。お前は本当は気が強くて奔放な子だけど、おしとやかなふりが身について良かったわね。そうでなかったら、お父さまに選ばれなかったのよ。」
「分かっています。お母さま。でもね、ふりといっても最近は、これも本当のわたくしだと思えるようになってきたの。きっと、こういう性格もわたくしなのよ。そういう一面を持っていたのだと思うの。」
ルーナは頷いた。
「そうかもしれないわね。実際にお前は、気が強いだけでなく本当は優しい子だもの。正義感が強くなければ、あのお方のお相手はできないかもしれないし。本当は身の丈にあった結婚をして欲しかったけれど、仕方ないわね。」
「何言ってるのよ、平民の娘が大貴族の第三夫人に収まっているくせに。」
「まあ、そうよねぇ。だって、バムスさまが、頭良くて偉ぶってなくて、本当にわたしの仕事を手助けして下さって、必要な所に手を差し伸べて下さるし、さっさと事件が片付いていって、わたし、神がかってるって思っちゃったのよね。でも、よく考えたら、バムスさまのおかげだって気がついてから、あの方が好きだって意識しちゃって、それからはもう、思いが止まらなくなっちゃったもの。」
エレーナはため息をついた。
「また、そうやって急にのろけるんですから……!」
「まあ、いつまでものろけていられるわよ。」
「もう、お母さま…!うちの家族って、本当にみんなこうなんだもの……!」
「まあ、そういうあなたも、けっこうお父さまと延々と話してきたでしょう。」
「……そうですけど。」
そう言って、母子はどちらかともなく吹き出して笑いあった。
星河語
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