エレーナ嬢 1
セリナのライバルを登場させることにしました。
エレーナは父に呼ばれていた。
父の執務室に足を運ぶ。この屋敷中の者達は、ほとんどの人が父に惚れているか、恋しているのではないかと思う。
父は王国でも名うての美男子として知られている。ただ、単純に美男子というのではなく、多くの女性達にモテるということで知られている。
しかも、それだけではない。嘘か真か知らないが、父は二十年以上も昔の若かりし頃、隣国のお大尽方や王達を骨抜きにしてしまったという噂がある。女王や太后もいたらしいが、お相手の方々のほとんどは男性である。
まあ、そんな話は別として、屋敷中の人々が父に対して、恋しているとエレーナは思う。
父は冷酷無慈悲だとか言われるが、実際には違う。確かに政治的な手腕としては、辣腕をふるうのだろう。でも、それとは無関係の所では、のほほんとしているし、ぼんやりしていることも多いし、意味不明な行動をしていることも多い。
だが、決して馬鹿ではない。繰り返すが馬鹿ではない。むしろ、天才的だとエレーナは思っている。
その上、どんなに母達以下、第二夫人、第三夫人、さらに愛人達が反対しても、困っている人がいたら雇うのだ。それが、普通の人々ならいざ知らず、何か一つか二つは問題がある訳ありばかりを雇う。
以前、エレーナはどうして普通の人ではなく、訳ありの人ばかりを雇うのか聞いてみた。すると父は言ったのだ。
「エレーナ、そもそもお前の言う、普通とはどういう基準なのかい?」
咄嗟に言葉は出なかった。それでも、普通の人は過去に犯罪を犯したことはないはずだと言い返した。すると父は言ったのだ。
「犯罪を犯すほとんどの人は、普通の人達だ。」
と。元から凶悪な犯罪者はほとんどいないのだと。もう、言い返せなかった。父は国王軍の街の警備部隊の総合統括のような仕事もしているし、公警や民警の監理のような仕事もしている。だから、言い返せなかった。
「人は誰でも過ちを犯す。だから、彼らにもう一度機会を与えたい。そうして、普通に社会に馴染んで生活をしていって貰い、幸せに暮らして貰いたい。そのためには、私のような変わり者がいないと、彼らを雇うような人はいないだろうから。」
そう答えた。だから、一見怪しげな者達でさえも雇うのだ。実際に、父は一度、そのせいで死に目に遭った。憐れんで雇った者が、敵の回し者だったため、拷問した上にサプリュの屋敷に火を放ったのだ。あの時は実に大変だった。
まあ、そういうことで父は、多くの訳ありの人々も雇っているため、使用人達からもありがたがられている。旦那様のおかげです、父が使用人達の前に姿を現し、話しかければ途端に人垣が出来る。
だが、父に近づきすぎないよう、護衛のニピ族達がそれを遮る。ニピ族達も父に恩義を感じている。そのため、父の護衛の四人は無給な上に無休で働いている。なんでも、その昔、ニピ族達の住む里を良くしたのだそうだ。生活を改善したので、前国王のウムグ王から広大な領地を賜ったのだという。
だが、そんな父は他の貴族達からは、けっこう嫌われている。黙って静かにしているかと思えば、言わねばならないことははっきり言うし、誰も思わないようなことを考えて実行したりする。
自分の都合の良いように、物事を動かす策略家。そんな風に思われている。実際に、策略家かもしれないとは、娘のエレーナも思いはする。でも、ただの策略家ではないということも分かっている。優しい所もある。ただ、それがあまりにも上手くいろんな事を組み合わせられるので、嫌われるのだ。
エレーナはそんな父を尊敬もしているが、怖れてもいた。だって、屋敷中の者が父に対して、憧憬の念か慕情を秘めたような視線で見るのだ。
なぜか、動物達でさえも父には懐く。気難しい飼い猫でさえも、父が帰ってくればいつの間にか姿を現し、父の足下にすり寄っていくのだ。そして、膝の上によじのぼり、喉を鳴らして機嫌良く丸まっている。
その父は、八大貴族の筆頭として名を知られている。バムス・レルスリ。
星河語
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