フォーリの療養 4
フォーリの療養編。まったりした時間を過ごすことができる、最後の時間かもしれません。この後から、ジェットコースターのように物語が走り出します。
セリナはふと、目を覚ました。気がついたら夜中だったらしい。馬車の中には一つ壁に据え付けてあるカンテラがあって、それがずっと馬車の中を照らしている。
起き上がってみると、寝台の上に寝ている。見張りのニピ族は御者席にでも行ったのか、姿が見えない。ベリー医師は客席を占領して足を伸ばして寝ている。若様は寝台の上に寝ていて、上半身と腕はフォーリに寄りかかっている。そして、当のフォーリは壁に寄りかかって若様を抱えていた。
なんだか、時が止まったような不思議な時間で、セリナはまた横になった。こっそり、フォーリと若様を見上げると、フォーリが優しい手つきで、若様の口元にかかった髪の毛をよけてあげていた。話を聞けば若様が十一歳かそこらから、ずっと一緒にいるのだ。若様の言うただの護衛ではない、というのを実感する。
セリナはうとうとと眠り始めたが、掛け物がずり落ちていて、かけ直さなければいけないのが面倒でそのままにしていた。なんとなしに誰かの気配がした。掛け物が肩までかけられた。
そして、頭を優しく撫でてくれた。きっと眠っていると思っているからだ。誰がそんなことをしてくれたか、分かっている。胸がきゅっとした。切ないのに温かい気持ちだ。家を出てから久しぶりに、そういう優しさに触れた気がした。
(フォーリさんの馬鹿。嫌いなのに、嫌いになれないよ…。)
セリナはこっそり、涙を拭いた。
ちなみにカートン家にいる間は、どんな追っ手も来なかった。ついでに親衛隊の面々も別々に移動しているが、同じ街に滞在している。
コニュータはどの街とも違っていた。物凄く整備されている。街にはゴミ一つ落ちていない。街路樹も一定の間隔で綺麗に植えられている。落ち葉も丁寧に集められている。
「うわあ、凄い綺麗な街ですね。なんか、清潔っていうのを全面に押し出しているような感じですね。」
セリナが感想を述べるとベリー医師が説明した。
「街路樹は全て薬草だ。だから、落ち葉の一枚も無駄にしない。」
セリナと若様は目を丸くした。
「へえ、すごいですね、それは。」
「もちろん、そのためにカートン家が街の設計に携わり、実質管理も任されている。医学の研究と人々の健康のために建てられた街だから、徹底的に考えて作られている。」
「薬草園もたくさんあると聞いたけれど。」
若様の言葉にベリー医師は頷く。
「はい、そうですよ。薬草園を確保するために設計から携わったのです。さらにリタの森の側を選んだのも、多くの薬草が自生している森だからです。」
窓の外を眺めていたセリナは気がついた。
「あれ、あっちの薬草園は門が開いていて自由に人が出入りしているのに、こっちとかは開いてない。見張りがいる薬草園もあるみたい。」
「ほんとだ。庭園もみんな薬草園になっているって本当?」
「街の人々が自由に出入りできる薬草園と、カートン家が管理する薬草園とあります。街の人々のための薬草園は庭園を兼ねて造ってあります。カートン家一門の専用の薬草園は、ただの薬草だけではなく、貴重で管理が難しいものや毒草だけの園もあるので、見張りが必要です。」
「…毒草。」
「見た目は美しいものも多くあります。ですが、呼吸するのも危険な毒草や触れると危険な植物もあるので、そういうこともあって、リタの森の側にあるんです。いざという時はリタ族に守って貰います。毒草などを盗まれないようにするために。」
「毒草を盗もうとする人っているんだ?」
若様が驚いて聞き返す。たぶん、若様は自分が悪いことをしようと思わないので、そういうことに頭が回らないのだ。
「知識があれば盗めます。もちろん、盗むのは良からぬ目的のため。
たとえば、こういう事例があります。葉っぱに触れると細かい棘がたくさん落ちる危険な植物があります。昔の話ですが、ある家の正妻が側室を妬み、追い落とすためにその葉から落ちる棘を褥に撒いておきました。
もちろん、正妻は分厚い革の手袋をして、吸わないように口も布で覆いました。側室だけがその棘でもだえ苦しむようにするはずだったのですが、夫も共に全身にその棘が刺さりました。」
ベリー医師の話にセリナは質問した。
「取れないんですか、その棘。」
「取れません。葉についているときは、産毛のようにびっしり生えているので、まだ分かるのですが、葉から落ちてしまうと光の加減により、ほとんど見えなくなってしまいます。その上、刺さると内部に内部にと入り込んでいきます。動物や人の体内に入ると、だんだん溶けてなくなりますが、なくなるのに二、三ヶ月かかり、その間ずっと焼け付くような激しい痛みに耐えなくてはなりません。」
「それで、その人達はどうなったの?」
若様はその方が気になったらしい。
「もちろん治療しました。側室の方は妊娠していたので、強い薬は使えなかったのですが、無事に出産しました。夫は子供に会いたい一心で、辛い治療にも耐えたのだとか。正妻は離縁されて、側室の方が正妻になったそうです。」
「…そんなことしなければ良かったのに。」
「ですが、そのおかげでカートン家では、治療法を確立できました。それまで、腕など一部の治療はなされていましたが、陰部なども含めた全身の事例はなかったので。人間としては愚かですが、医術を進歩させました。」
カートン家にかかれば、なんでも医術の進歩に結びつけられそうだ。たぶん、若様のことも含めて全てが、知見の収集とか、そんなことになっているのだろうと思う。
そんな話をしているうちに、カートン家の総本家に到着した。大変立派で大きな建物が建っている。
「うわあ、凄いなあ、きっと王宮より敷地は広いよ。なんだか、合理的な印象の建物だね。蜂の巣みたいだ。面白い。」
若様の口からそんな言葉が漏れた。
「きっと、家長が聞いたら喜びますよ。若様の仰るとおり、蜂の巣を元にこの建物を建てたと聞いています。」
六角形の五階建ての筒型の建物と、四角い三階か四階くらいの建物を繋いでいる。上下水道が完全に整備され、下水は郊外に処理用のため池があり、そこで全て分解させてから綺麗な水を流している。牛一頭を投げ入れても、七日後には骨だけになっていると言われるほどの早さで、汚物は分解される。もちろん、カートン家の長年の研究成果によるものだ。
ただ、一行はその面白い建物群から離れた場所に案内される。それでも、渡り廊下で繋がっているので、完全に隔離されているわけではない。
人気が無く、静かな場所だ。手入れされた森や庭園が周りに広がっている。
ここに来たときは、まさか、一年半も滞在することになるとは思わなかった。良い場所で手伝いもさせて貰えたので、いることができたとセリナは思う。
振り返ってみれば、ここにいるときが一番、幸せだったかもしれない。充実していた。選洗濯などの手伝いもさせて貰えたし、若様と一緒に本を借りて読んだり、分からないことは若様に教えて貰ったりした。時にはフォーリやベリー医師にも教えて貰った。ここにいるときにセリナは相当、勉強できた。自然もたくさんあったし、知らないことを知ることができたのだった。
星河語
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