フォーリの療養 2
フォーリは少し考えて一つ聞いた。
「シャルブはどうしている?」
「シャルブさんは出たり入ったりが忙しくて、数日前からいません。」
「シャルブがいるなら、大丈夫だ。」
「でも…若様が何か口を挟んでも大丈夫ですか?」
セリナの言い出した言葉にフォーリが聞き返す。
「どういう意味だ?」
「だって、実は聞いちゃったんです。本当は、ベリー先生にフォーリさんにそういう話はしたらダメって言われてたんですけど、若様が、王太子様には言うなって、言ってたのを聞いちゃって、心配になったから。でも、小耳に挟んだだけだし、わたしが何か口を挟むわけにもいかないし。」
フォーリは少し考え込んだ。
「たとえば、若様がそういう決断をされていたのなら、それを尊重するしかない。おそらく、若様は王位に就かされることを恐れている。タルナス殿下に居所をお伝えしたら、迎えが来て強制的に王宮に連れて行かれる。そして、王太子の立場も譲られるだろうことを、若様は警戒されている。」
「そういうことか…。」
フォーリの説明を聞いて、セリナは頷いた。
「分かりました。納得です。ところで、フォーリさん、聞きたいことがあるんです。若様は本当に王様に向いてないと思いますか?」
セリナは前から聞いてみようと思いつつ、聞けないでいた質問を思い切ってしてみた。
少しの間があって答えがある。
「いいや、思わない。若様には人徳がおありだ。ただ、若様はとても優しいご気性をなさっている。それで、辛い思いをされることは多くなるだろう。」
フォーリの答えにセリナはほっとした。自分が感じていたことと同じだったから。
「ああ、良かった、同感です。それにしても、王太子様ってなんで若様に王位を返そうとなさるんですか?」
「ご自分のご両親が不当に奪ったものだと思われているからだ。それに、王位に就けない王子が、特に王位を継ぐべきだと思われていた王子の末路がどうなるか、それをご存じだからだ。そして、同時に若様もそれをご存じだから、タルナス殿下が王位を継がれることを望まれている。」
「可哀想です、お二人とも。純粋に仲の良い従兄弟でいられないなんて。」
「その通りだ。」
セリナが立ち上がったとき、若様が入ってきた。そして、む、と眉根を寄せる。そんな表情も美しくて、どこか愛らしい。
「なんか、最近、二人だけでいることが多い気がする。」
思わずフォーリとセリナは顔を見合わせた。
(焼き餅?)
と同時に思う。
「私も一緒に仲間に入れて欲しい。なんか仲間はずれになった気持ちだ。」
二人は同時にそっちかと思っていたが、もちろん、二人とも知らない。そして、若様は可愛いな、と二人とも思っている。
「どうして、二人ともにこにこしてるの?」
「なんでもないですよ。そうだ、若様、聞いてみました?ベリー先生に。なんで舞の許可が下りないのか。」
若様が困ったような表情を浮かべた。
「なぜ、舞の許可が下りないのかは知っています、若様。舞をするのはとても持久力がいります。肺活量が足りないとベリー先生は判断されているのでしょう。」
フォーリが答えると、そこに当のベリー医師がやってきた。
「半分正解です。でも、半分は違う。内蔵、特に消化器系の働きが完全に戻っていないからです。長時間拘束された上で逆さづりにされていた。鎖でがんじがらめにされたおかげで、心肺があまり圧迫されませんでしたが、内臓は外からかなり外圧を受けていた。その後、しばらく意識が戻らなかったため、胃に直接、液状の食物を流していたので、胃腸が弱っているのです。」
若様は心配そうな表情を浮かべる。
「大丈夫ですよ、若様。だいぶ、元に戻りました。ちゃんと食べられます。」
フォーリは若様に心配をかけまいと言ってみせる。ベリー医師も沈黙して、仕方なく同調している。
「え、でも、昨日、こっそり吐いてましたよね。」
フォーリとベリー医師が同時にセリナを厳しい顔で見やる。
ベリー医師はため息をついた。
「全く、君は。若様が必要以上に心配されるだろう。だから、黙っていたんだ。」
「でも、若様はフォーリさんの主ですよ。黙っているなんておかしくありません?」
ベリー医師はため息をついた。
「それじゃあ言うけど、フォーリの調子が上がらないのは、君のせいだ。彼を焚きつけるなと言っているのに、わざと煽ってるだろう。はっきり言って、まだ安静にしていなければならない時から、激しい運動をしすぎだ。だから、体が正直に反応している。」
「……だって早く治って貰わないと、気分が落ち着かないし。それに気分が悪いのって、運動不足だからじゃないんですか?
わたし、昔、病気になってごろごろして休んでいたのに、なかなか気分が良くならなくて、どうしたのかと思っていたら運動不足で、働いたらすっかり治ったんです。だから、休んでも治らないときは運動不足なんだって思ってました。」
「その時はたまたまそうだっただけで、常にそうとは限らない。それに、私は何度も休ませないといけない、と言っていたはずだ。フォーリの場合、激しい運動のせいで余計に胃腸の働きが弱まっている。なんで医者の私の言うことを聞かない?」
「……すみません。つい、早く治って貰わないとって思ってしまって。」
フォーリが動けないでいるというのは、こうも不安になるものかと思うほど、セリナは不安だった。いつもの彼があまりにも超人過ぎた。普通の人のように弱っていると、元に戻れなくなるのではないかと心配になるのだ。若様の護衛ができなくなってしまうのではないのかと。
「セリナ、焦ってもしょうがないよ。私も体を治すのには、時間がかかった。お母さんと妹さんのことで恩を感じていたから、早く治って貰おうとしていたんだろうけど、無理させてしまったら余計に治らない。フォーリも負けず嫌いだから、早く治そうと無理してしまうし。」
若様がおっとりとたしなめる。




