フォーリの療養 1
フォーリの体は、元々頑強だったためか、それともカートン家の医師達の腕が良かったためか、順調に回復していった。おそらく、両方だろう。さらに、セリナが時々、若様と仲がいいのを見せつけて煽ったので、余計にフォーリは、早く治そうと頑張った。
しかし、後遺症がなかったわけではない。長い時間、逆さづりにされたため、内臓が下がり心肺が圧迫を受けた。ニピ族のフォーリを押さえ込むために、鎖で体を拘束してあったので、内臓の下がる時間を遅らせることになり、少し圧迫を受けただけですんだ。それでも、肺は傷ついたらしく、以前より息切れしやすくなっている。
心臓もその分、負担がかかりやすくなり、長い間運動をすると動悸が激しくなった。
一番、危なかったのは脳だが、今のところ何もないように思われた。
以前より動けなくなっているため、フォーリがいらついているのを見るたび、セリナがたきつけ、なんとか前向きにさせている部分もあった。
「ほら、もっと頑張らないと動きにキレがないですよ。」
「…人ごとだと思ってそんなことを。」
「だって、人ごとですもん。前はもっと長く走れたんじゃないんですか?あ、走れなくなったのは知ってますよ、ベリー先生が言ってましたから。でも、気力が足りないんじゃないのかなって思うんですよね。気力だけは動けなくなっても、保てるんじゃないんですかねえ。」
「……。」
「どうせ、わたしが焚きつけてるだけだと思って、大人な対応をしているんでしょうけど、分かってますから。」
「お前、私が全快したら、一番に殺すと言ってあるはずだ。」
「知ってますよ。でも、本当にそんなことできるんですか?わたしの方がフォーリさんより遙かに弱いって、分かってるのに。何も全快しなくても、今の状態でも殺せるはずですよね。」
「まだ、ベリー先生から鉄扇を持っていいという許可が出ていない。」
「知ってますけど、それ以外の物でもいいし、前は手で首締めたじゃないですか。」
「……。」
セリナはかなり、フォーリの性格を読み込んでいた。
「あきらめたらいいでしょ。ほんとはそんなことできないって知ってます。優しい人だから、そして、若様を一番に考えるから、若様が悲しむことは絶対にしない。だって、殺せるならとっくに殺してるはずだもん。」
お互いに牽制し合っているだけではなかった。
「本当に感謝してるんですよ。母と妹を助けてくれたこと。フォーリさんが助けてくれなかったら、死んでたって隊長さんから聞きました。妹は結婚を目前にしてましたから、本当にありがたかったんです。」
「そうではない。ヴァドサもかなり助けてくれた。彼がいなければ、私一人では助けられなかった。」
「それも聞きました。でも、隊長さんは左足を虎挟みに挟まれてしまったから、動けなくなってしまって、かえってフォーリさんを追い詰めることになってしまったって聞きました。」
「……。それも少し違う。私にもっと力があれば、あの男を殺すことができただろう。そうすれば、ヴァドサが罠にかかる前に、脱出できたはずだ。…それで、ヴァドサは足を失うことになってしまった。」
シークは結局、左足首より下を切断するしかなかった。感染症にかかり足が腐ってきたのだ。今は義足をつける訓練をしている。フォーリもフォーリだったが、シークの方も相当な苦労を重ねていた。お互いによく死ななかったと思うところだ。
「やっぱり。」
セリナの声にフォーリが顔を上げる。
「ニピ族って、優しいんですね。情に篤いの?隊長さんって場合によっては敵対する立場の人でしょ。でも、そんな人に対しても、申し訳ないって思ってる。」
「……。」
「それに、真面目で不器用で、任務には忠実で、馬鹿みたいに強いくせに、可愛いくらい焼き餅焼きで、心配性で、主のためなら命がけで。でも、時々、すっごい腹が立つ。」
「それは、けなしてるのか、褒めてるのか?」
「両方。それはいいとしてですよ、実際の所、これからどうするんですか?復帰できそうですか?だって、このままずっとカートン家にお世話になってる訳にはいかないでしょ?」
「それはそうだ。私が復帰できるかどうかにかかっているからな。」
「そうですよ。どうですか、大丈夫なんですか?」
「まだ、舞をしていないから分からない。」
セリナは考え込んでいる。何か世の中の状況に変化があったのだろうか。
「何かあったか?」
「いや、ないんですけど、思うんです。若様ってセルゲス公でしょ。公務がおありなんですよね?それなのに、そんな人が長い間、行方をくらましたままでいいんですか?
だって、あんまり音沙汰がないと、あの王太子様が何かするんじゃないんですか?若様を探そうと手を打ってきたら、王太子様の手を逃れるのって至難の業になると思ったんです。だって、有能な方でしょ。連絡しておかなくていいのかなって、思ったんです。
王太子様がどんと構えていれば、姿を現さないのも王太子様が何か知っていて、手を打っているからだと若様の反対勢力の人達は考えるから、下手に手を出して王太子様の怒りを買うのはよそうと思うでしょう?
でも、王太子様が実は慌てて、若様の行方を捜させていると分かったら、ここぞとばかりに探す名目で刺客を放ち、殺しておいてから誰かに殺されていたって報告もできるじゃないですか。王太子様に見つかる前にって思うから、ありとあらゆる手段を使うと思うんです。あの男も取り逃がしたって話だし。かなり、素早く手を打ってくるはずです。こっちも何か手を打たなくていいんですか?」
セリナの言動にフォーリが目を瞑ってきたのは、この頭の切れがあるからだ。さすが、ジリナの娘だろう。




