フォーリのけが 6
「だから、言ったじゃないですか。ね、行きましょ。」
セリナが若様の肩に手をかけて言う。睨みつける視線に気がついたのか、セリナがフォーリの方を見た。何も言わなくてもセリナがむっとした表情になり、二人の視線がしばしぶつかり合った。
「はいはい、そこまで。二人とも睨み合うのは、やめてくれ。治療すると言ってるだろう、さっきから。」
「ふん。仕方ないわ。」
ベリー医師に遮られ、セリナが後ろを向いた。
「お前もセリナを睨むな。起きるなり。セリナがお前の看病をかなり、手伝ってくれたんだからな。」
ベリー医師が言うので、仕方なくため息をついた。
「……そうか、すまなかった。」
「いいですよ、別に。だって、母と妹の命を助けてくれて、そうなってしまったんですし。そんな恩知らずになりたくないですから。」
「別にお前の家族のために……。」
「分かってます…!分かってますけど、でも、結果的にそうでしょうが。もう…!」
「二人とも、喧嘩はやめてくれ。」
若様が拘束の下にある手を握ってくれた。
「これで、落ち着いただろう。セリナも病み上がりの人に本気にならないでくれ。」
「あ、若様、ニピ族に先にご褒美をあげちゃったら……。」
ベリー医師が慌てた。
「?いけないのか?」
「ああ、遅かった。」
ベリー医師は頭を抱えた。
「今は記憶を確かめたかったので、後にして欲しかったんです。ニピ族は主の無事を実感したら、寝ちゃうんですよ。」
「治療に差し支えが?」
「ええ、それは。今、起きたばっかりですからね。」
「ごめんなさい、どうしよう。」
本当はまだ完全には眠っておらず声が聞こえていたが、抗いがたい猛烈な眠気に襲われていた。
「寝だめするから、いつ起きるのか分からない。」
起きようと思っても、起きるのが億劫で目も開けられない。
「フォーリさん、いいんですか!」
セリナが耳元で叫んだ。思わず、はっと目を開けた。
「あ、目を開けた…!」
驚いている二人にセリナは強い口調で命じる。
「ちょっと、二人とも出て行ってください!早く!わたし達だけで込み入った話をするんですから!」
セリナの迫力に若様とベリー医師が部屋を後にした。セリナは、大きく息を吐いた。しばらくしてから、振り返る。
フォーリはなんとか、意識は保っていた。
「覚悟してくださいよ。」
セリナは耳元で囁いた。
「フォーリさんがそうやって眠って起きなくなったら、わたし…ふふふ。」
わざとセリナはそこで言葉を句切った。
「若様とぉ、あんなことやこんなこと、いっぱいしちゃうもんねー。分かってるでしょ、言ってる意味。」
「!!」
腹の底から怒りがわき上がってくる。大切な若様に余計なことを!わざと煽っているのだと分かっていても、前科があるので油断できない。
「若様って、男の人だけど、すっごく可愛いの。分かってると思うけど、治療が遅れれば遅れるほど、わたし、若様と男女の仲を深めちゃうつもりだからね。」
「な、お前…!」
怒りのあまり、それ以上言葉が出て来ない。それに、大事な若様に余計なことをしたということだけではなかった。セリナ自身の命の危険が出てくるのだ。
「それに、もう、遅いっていうかぁ。やっちゃったもんねー。」
セリナは髪の先を指先でくるくるといじくりながら言った。
「お前…!分かってるのか、お前自身も危ないんだぞ!」
思わず反射的にそんな言葉を出してしまう。
「もう、悪役になりきれないんだからー。だから、嫌いになりきれないのよ。嫌いだけど。」
「お前、私が動けないのをいいことに!」
「そりゃあ、もう、この状況を最大限に生かしますよ。当たり前じゃない。わたしの事、心配してくれてありがたいですけど、でも、わたし、そんなこと分かってますから。覚悟してる。若様と殺されることになってもいいもん。
フォーリさんがそんな覚悟してるみたいに。わたしもフォーリさんほどの覚悟かどうか、知りませんけどとにかくそうですから。」
セリナは両手を腰に当てると、ふん、と鼻息も荒く言う。
「とにかく。」
セリナがニヤリと笑った。
「早く治すことですよ。フォーリさんが意識を失っている間も、しっかりお慰めして差し上げましたから。」
「は!?」
「もう、頬を薔薇色に染めて受け入れてくれて、可愛いんだから…!ふふ。」
とうとう我慢できなくなった。
「この小娘、若様に何をした!馬鹿にするな!」
あまりの怒りに、拘束されている全身をばたつかせた。その時、ガタンと一瞬、寝台が浮いた。
「こら、セリナ!患者を興奮させるな!」
ベリー医師が慌てて駆け込んできた。
「貴様、後で、後で一番に殺してやる!!」
フォーリの興奮ぶりにベリー医師が困惑する。
「一体、フォーリに何を言った?」
「フォーリさんが絶対に想像したくないことです。」
「若様に、若様に絶対に余計なことをするな!!」
フォーリが吠える。ベリー医師はおおよその事を理解できて頭を抱えた。
「ほら、起きてるでしょ。」
セリナは悪びれもせずに言う。
「起きてるが…!分かった、とりあえず助かった。」
興奮しすぎたため、治療に入る前に多くの医師が手助けに呼ばれた。とりあえず落ち着かせることから、入ったのだった。




