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フォーリのけが 5

 気がつくと深い霧の中だった。昼間なのに薄暗い。霧が深いせいだ。さっきから、若様の姿を探しているのに、一向に見つからない。

「若様!若様ー!」

 何度も呼びかけるが返事はない。すると、向こうに誰か人影が見えた気がして、フォーリは後を追った。しばらく走り、向こうの人影が立ち止まる。

 いつの間にか霧が晴れて草原に立っていた。美しい青々とした草原が広がり、薄青い峰峰も遠くに見える。草原には花も咲いていて、美しく気持ちよかった。

 人影が振り返った。フォーリは息を呑んだ。子供の頃、舞を指導してくれた亡くなったはずの祖父母だ。

「フォーリ、何をしておる…!」

「お前はまだ、ここに来るには早い。」

 フォーリが何か言う前に、祖父母が生前のように(きび)しく叱った。

「さあ、果たすべき責任を果たせ。」

「ニピ族は(あるじ)を守る。お前は自分が選んだ主を見捨てるのか?」

「主は二人持ってはならぬ、とあれだけ言っておいたものを。」

「だが、お前の主はもう決まっている。一人だけがお前の主だ。お前はもう分かっている。だれが自分の主かを。」

「お前の心が知っている。失ったら心が引き裂かれると思うのはどちらか。それがお前の主だ。」

「行け。任務を全うしに。」

「ニピ族は、主が死ぬ時に共に死ぬものじゃ。」

「ニピ族らしく豪快に生きよ。」

 そして、最後に同時に言われる。

「責任を果たせ。」

 反論は許されなかった。なぜなら、自分が一番知っている。主を二人持ってはならない禁を破ったことを、一番知っているのはフォーリだから。事情が事情であったとはいえ、最初に選んだのは王太子タルナスだった。その命で若様の護衛についた。

 どちらが己の主か。王太子殿下か。若様か。祖父に言われた通り、どちらか失った時、心が引き裂かれると思うのはどちらか。フォーリには分かっていた。自分で選んでおきながら王太子タルナスには、そこまで心を捧げられなかったことを。

 失ったら、心も魂も裂かれて死んでしまうと思うのは、若様だけだということを、フォーリには分かっていた。

 王の命で毒を飲んだとき、本当に死を覚悟していた。だが、ベリー医師の機転のおかげで命拾いした。あの時、決心したはずだった。二度と若様を置いて先に死なないと。若様を守るために、直接刃を受けて死ぬのは本望だが、こういう形で死ぬのはごめんだと。そう、決心したはずだっった。

 それなのに、なんで、私は今、一人でここにいるのだろう。何かもやもやした気分だった。

「フォーリ…!」

 若様の声が聞こえた。はっとして振り返り、ぐるりと周りを見回したが姿はない。いつの間にか祖父母の姿も消えていた。

「若様、若様、私はここです!」

 フォーリは必死になって走った。なんども若様、と叫ぶ。どんなに探しても見つからないことに、フォーリは苛立った。

「フォーリ、早く目を覚まして!」

 フォーリは、若様の言葉に立ち止まった。

(早く、目を覚まして…?)

 フォーリは考え込んだ。だって、私はこうして走って……。

「フォーリ、こっちだ。フォーリ、起きてくれ、私だ。私を置いて死んだりしないでくれ!お前は私の家族なんだ!」

 フォーリは、早く若様の下に戻ろうと声が聞こえる天を仰いだ。その瞬間(しゅんかん)、何かに引きずられるような感じがした。

 はっとして、目が覚める。どこかから、戻ってきた。そう、思った。

「フォーリ…!」

 目をしばたたかせると、視界がだんだんはっきりしてきた。若様の顔が見えた。

「!若様…!」

 勢いよく起き上がろうとした瞬間、何かに押さえつけられて、ガン、と寝台に叩きつけられた。途端に頭痛がした。

「フォーリ、良かった、大丈夫か?」

「フォーリ、分かるか?」

 ベリー医師の顔が見えた。それより、若様の顔を見たかった。

「若様…ご無事で…!」

「私は大丈夫だ、お前の方が危なかった。ああ、良かった。目が覚めて……。」

 若様の両目から涙がこぼれ落ちる。若様の方に手を伸ばしたいのに、手を伸ばせない。何か縛られているらしい。フォーリは逃れようとバタバタと暴れた。

「おい、落ち着け、フォーリ!だから、縛っておかなきゃいけないんだ、ニピ族は!お前、今まで生死の境を彷徨(さまよ)っていたんだぞ!暴れたら、二度と動けなくなるツボに(はり)を打つぞ、それでもいいのか!」

 ベリー医師の(おど)しにフォーリは仕方なく、動きを止めた。カートン家はやると言ったら、やる。有言実行するので、仕方なかった。

「くっ。」

「いまいましそうな顔をするな、私がいなかったらお前は今頃、死んでいたんだぞ。」

 ベリー医師はやれやれ、と息を吐いた。

「さて、目が覚めた途端、元気そうだが、いくつか確認しなければならないな。」

「ベリー先生、フォーリの側にいさせてくれ。セリナが邪魔になるから、向こうに行こうって言う。」

 若様が来て言ったが、その隣に邪魔な娘が立っている。大事な若様についた虫だが、若様が気に入っているので、大目に見ているし仕方ないと思うことにしている。実際に役に立つこともあるし、頭も悪くはないので使ってきたりしたが、理性では受け入れても、心はあんまり受け入れていないのだ。

 それでも、結婚すると若様が言い出してもいいように、なんとか頑張って心の折り合いをつけてきた。心身共に力があるときは理性を優先させて、感情の方は抑えてきたが、体力が落ちている今は、自制するのも面倒だったし、したくない。その上、若様とべたべたひっついているセリナの姿を見ると、余計に今は腹立たしい。

「若様、だめです。目覚めるまでと最初から、お伝えしていたでしょう。治療をしなくてはなりませんから、どうか、部屋の外でお待ちください。」

 ベリー医師がにべもなく言う。内心、ベリー医師に毒づいたが、早く元気になるには仕方ない。

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