若様の発見
「!」
「セリナ、大丈夫?」
「た、大変…!滑った後が!」
セリナはよく見ようと一歩動いた瞬間、切り株の捕まっていた出っ張りが、シロアリに食われて腐っていて壊れ、体の均衡を崩して尻餅をつき、そのまま斜面を滑落した。無我夢中で手を伸ばし、何かに捕まった。
木の枝だ。ありがたいことに人の太ももくらいの太さがある。だが、その太さが災いした。斜面を滑落し、勢いのついていたセリナはぶら下がったとたん、勢いをころすことができず、手が滑って下に落ちた。
ズザーッと音がした後、足が何かに当たって止まった。何がなんだか、分からなかった。セリナは非常に運が良かった。落ち葉溜まりに落ちて少し滑落した後、大岩に足の裏で地面につく形で止まったのだった。しばらく、呆然としてしまう。
「!セリナ…!大変、待ってて、今、人を呼んで来るから!」
上から、リカンナの大慌てで叫ぶ声が聞こえた。
セリナはほっと息をついてから、おそるおそる辺りを眺めた。セリナのいる場所は少し平らになっている。背中を地面につけて、斜めに寝そべっている状態だ。ゆっくり体を起こした。
(こんな所があったんだ。)
セリナは純粋に驚いた。下から登ってこられたらの話だが、獣道が続いていて小さな洞窟があり、隠れ家にちょうど良さそうだ。動物が住んでいなければの話だが。
セリナは確認することにした。この辺の地面はしっかりしていて、あんまり斜めではないので、立って歩くことができる。少し覗いてみたが、かなり開けていて動物は住んでいない。隠れるには開けすぎている。
左後ろ側の安全を確保できたところで、右側を確認しようと歩き始めた。
「ねえ、誰かいるの?」
突然、少し下から声がして、セリナは飛び上がった。慌てて辺りを見回す。
「誰か、いる?」
更なる呼びかけに、今度は場所がはっきり分かった。這って獣道の端っこの崖っぷちに、にじり寄って身を乗り出して下を確認した。
「!若様!」
思わず生きていたことにほっとして、大声を出した。
「良かった、ご無事で…!」
言いながら、セリナは若様の状況が、決して大丈夫じゃないことに気がついた。マントが木の枝に絡みついたので、滑落しないですんでいる。マントが裂けたら落ちてしまうため、両腕を伸ばして枝に捕まり、両足を崖の斜面に突っ張って落ちないようにしている。
いないと気がついてから、かなりの時間が経っている。必死に腕を伸ばし、何度も枝を握り直すが、その度に木の枝が心許なく揺れる。あまり持たない。時間が無い。
ただ、一つだけいいことに気がついた。手を伸ばせば届く距離だ、ということだ。
「若様…!」
セリナは腕を伸ばした。
「わたしが、ひっぱり上げます。さあ、手をこっちに!」
「…待って、無理だと思う。君も落ちちゃうかも。」
若様は危険な状態のくせに、冷静に返した。
「大丈夫!こう見えても力持ちなんですよ。」
若様は少し考えて頷いた。
「分かった。じゃあ、少しずつ根元ににじり寄って、できるだけ君に近づいてからそうするよ。」
「分かりました。でも、気をつけて。」
セリナはドキドキしながら見守った。若様は少しずつ、枝の根元の方に近づき、体をセリナに近くなるように寄ってきた。だが、問題があった。マントが枝に絡んでいるため、一定以上の距離に近づけないのだ。若様はマントを留めているブローチを外そうとしたが、片手ではうまくできない。
仕方なく、そのままセリナに腕を伸ばした。
「どうするんですか?」
「足の方から先に上がろうと思って。体を崖の上に上げてしまってから、マントを外すよ。」
どれだけおっとりしていても男の子なんだな、とセリナは思った。けっこう大胆な考えだ。
「分かりました。」
セリナは気をつけながら、腕を伸ばした。足を踏ん張る。若様の汗ばんだ手がセリナの手をつかんだ。結構、硬い手をしている。それは、セリナには意外だった。
「…大丈夫?」
自分の方が大丈夫じゃないのに、若様は聞いてくる。
セリナは頷いた。
「いいですよ。」
「じゃ、行くよ。」
若様はもう片方の手も放してセリナに捕まった。とたん、ずっしりと彼の体重がセリナの両腕、両肩にかかってくる。それでも、全体重ではなかった。彼は器用に足は崖にかけたまま、少しずつ登ってきたのだ。
しかし、徐々に引っ張られ、セリナは必死で足を踏ん張った。必ず有言実行しなければ、二人の命はない。
若様は言ったとおり、自分で足の方から先に崖に上がった。セリナは若様の腕をつかみながら、邪魔にならないように自分の体の位置を動かした。なんとか這い上がり、二人はほっとして大きく息を吐いた。




