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フォーリのけが 4

「いっぱいいるでしょ。わたしも最初は驚いたわ。どの虫が好きなの?わたしはトンボが好きよ。」

 少女の言葉に若様が顔を上げた。

「と、トンボが好きなの?」

「うん、そうよ。あなたもそうなの?」

「…うん、好き。糸トンボがきれいで好き。」

「そうよね、不思議よ。あんなに細いのにちゃんと飛べるんだもの。」

 若様は(おどろ)いた表情をした。

「…カートン家の人も…どうして飛べるのか知らないの?この本を作ったのに?」

 すると、二人は顔を見合わせて笑った。

「もちろん、知らない。知らないことばっかりだよ。きっと、医師団長のお祖父さまも知らないだろうな。」

「…君の、お祖父さんは医師団長なの?」

 若様の(はじ)かれたような反応と少し硬い表情に、少年はしまったという顔をした。

「…うん。その。」

「医師団長でも知らないことがあるの?」

「え、うん。でも、トンボがどうして飛べるのか、聞いたことがないから分からないけど、でも、きっと知らないって言うよ。」

 若様は疑わしそうに聞き返した。

「本当に?だって、前に会った時はいろんな事を知ってた。」

 少年達は若様の正体を知らない。本当は王子だということを知らないので、どうして、宮廷医師団長の祖父と会ったことがあるのか、少し不思議そうだった。しかし、そこは医師の卵達、余計なことには触れず、あくまでトンボの話を続けた。

「じゃあ、今度会ったらお祖父さまにトンボがどうして飛べるのか、聞いてみる。」

 少年の答えに若様は、目を丸くした。

「本当に?」

「うん。」

「でも、なんでカートン家はなんでも知っているって思ったの?」

 少女の質問に若様はうつむいた。

「病気に関係するなら、みんな知ってるって思った。前に君たちのお祖父さんが病気に関係することなら、教えられるから教えてあげるって言ってくれた。それに、本を作ったんだから知ってるって思った。カートン家は虫も薬にするって知ってたから。」

「別に知らないことは、恥ずかしいことじゃないよ。知らないことはこれから勉強すればいい。いっぱい、知らないことがあったら、それだけいろんな事を知ることができる。お祖父さまはいつもそう言うよ。」

「誰も知らなかったら、それは自分にとっていい機会だと思えって。なぜなら、自分が一番最初にその知らない事を解明できる人になるからって。そう、わたしたちは教えられるんだよ。」

 若様は食い入るように二人を見つめていた。

「…よく、思い出せないんだけど、私は最近よく覚えてないことや思い出せないことがあって…でも、誰かに言われた。何も知らない愚か者だって。何も知らない馬鹿な子だって。無駄に食べ物だけ食べる穀潰(ごくつぶ)しだって。誰に言われたかも思い出せなくて。でも、思い出すのは怖いんだ。」

 図鑑の上に涙が落ちていくので、少女がそっと図鑑を避けて、代わりに若様の手を握った。少年も隣に座る。

(ひど)いこと、言われたんだね。でも、違うよ。知らないことは悪いことじゃない。みんな、誰でも知らないことはあるんだから。」

「無理に思い出さなくていいんだ。そんなことはしなくていいよ。」

 二人に言われて若様は涙に()れた目で見上げる。そんな表情は、少年と少女の心を捕らえて放さないかもしれなかった。性別に関係なく愛らしいのだ。

「わたしね、思うけど、きっとあなたに酷いことを言ったり、意地悪した人はね、あなたに焼き餅を焼いていたんだと思うの。だって、あなたはとても可愛くて美しいわ。」

 若様は考え込むように眉根を寄せた。

「よく分からない。でも、たぶん…ひどいことを言った人は、大人だったと思う。大人が子供にそんなことを言うの?」

「そんなの関係ないわ。大人でも大人になりきれない、意地悪な人はたくさんいるのよ。だから、大人だからそんな事は言わないとか関係ない。」

「そうだね。大人として信頼できる大人と、全然信用できない大人といるよ。でも、伯父が言ってた。気がついたら大人だったって。だから、子供の気持ちのまま、成長してしまう人もいるのかもしれないね。」

「…私にはよく分からない。」

「分からなくていいよ。だって、まだ大人になってないもん。」

「…そうか。そうなのかな。」

 その子達のおかげで、若様は少し吹っ切れたようだった。それ以来、その子達と仲良くなり、さらに毎日、図鑑を読みふけるようになった。昆虫だけでなく、魚、鳥、四つ足の動物、植物、は虫類、いろんな生き物がいることを知り、楽しくなったようだった。中庭に出て図鑑に載っている生き物を探すのが日課になった。さらに図鑑からいろんな書物を読むようになり、若様は急速に知識を身につけ、さらに心も落ち着いていった。

 フォーリはかなりほっとしたのだった。このまま、傷が()やされなかったら、あまりにも辛くて可愛そうだった。


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