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フォーリのけが 3

 少しずつ若様は、フォーリに心を開いていってくれた。庭を散歩する時、肩車をしてやると、おっかなびっくりでフォーリの髪を引っ張り、しがみついていたが慣れてくると、キラキラとした笑い声で笑ってくれた。頭の上から純粋に笑う声が降ってきて、ついもっと喜ばせてやろうとしてしまい、カートン家の医師達に注意されたりした。

 ただ、一番の難関はお風呂だった。医師達の治療の一環で、あまりに辛い記憶は忘れるようにしてある。催眠術の一種だという。それでも、服を脱がされることに抵抗を示し、それまで医師達は眠らせている間に、お風呂に入れて体を清潔に保っていた。

 寝るときはフォーリの胸に寄りかかり、心音を聞いていたら眠くなるようで、そうすれば、薬を使用しなくても入眠できるようになっていた。

 それくらい信用を得られてきたので、ある日、フォーリは言ってみた。

「お風呂に入りましょう、若様。汗をびっしょりかいたので、綺麗にしなくてはなりません。そのままだとあせもがたくさんできて、かゆくなりますよ。」

「……う、ん、でも。なんか、服をぬぐのがこわい。」

 自分の気持ちをだいぶ言葉にして、伝えてくれるようになっていた。

「大丈夫、私も一緒に入りますから。それなら、怖くないでしょう?」

 とうとう若様が(うなず)いたので、お風呂に入った。ベリー医師に服を脱がせて(もら)っている間、体がかちこちに固まり、かなり極度に緊張している状態だったが、フォーリも目の前で同じように服を脱いでみせると、少し安心したようだった。何か思案しているベリー医師だったが、

「じゃあ、私も一緒に入ろうかな。ああ、気持ちよさそうだなあ。」

 と言い出し、一緒に入ってきた。もちろん、若様の緊張を取るためだ。

「汗を流して綺麗にするのは、とても気持ちがいいです。さあ、若様も。」

 大人達が気持ちがいいと大げさなほど、言ってみせたため、若様もこわごわ湯に自ら指先を入れて触った。

「熱くないでしょう?」

 フォーリが言うと、さらにもう少し手首まで湯につけた。

「…あったかい。」

 そこまできたらしめたものなので、フォーリとベリー医師は若様をおだてて全身を洗った。

 それ以来、フォーリかベリー医師ならお風呂も入れさせてくれるようになった。着替えも怖がって嫌がるので、完全に眠りから覚める前に着替えさせ、それから起こしていた。お風呂ができるようになったので、二人なら着替えもさせてくれるようになった。

 少しずつ若様は、前のように明るさを取り戻し始めた。

 次の難関は同年代の子供達と遊ぶことだった。カートン家で療養している子供達や、カートン家で学んでいる、将来は医師になるという子供達と遊ぶ時間があった。

 カートン家の医師志望の子供達には、誰がどういう病気か伝えられている。たとえば、心臓が悪い、足が悪い、言葉を話せない、心の病気などだ。医師志望の子供達は、それを聞いてどう接すればいいか、自分で判断する。

 若様は最初は全然なじめなかった。人見知りで、緊張で全身が強ばっている。以前はそうではなかった、と診察記録を見ていたベリー医師は言った。明るくて快活、初めて会う子供にも、自分から近づいていって優しく接することができたという。

 叔父と叔母の仕打ちは、若様の全てに影響(えいきょう)していた。

 若様はフォーリの影に隠れて出て行こうとしなかった。フォーリのマントの中に隠れた上、上着をしがみついて離さない。

 すると、それを静かに見ていた医師志望の少女が一人、近づいてきた。若様と同じくらいの年頃だ。若様は心に傷を受けたため、心の病でほかの子より幼い、と聞いているようだった。最初から優しく話しかける。

「ねえ、こっちへ来たら?面白い本があるよ。綺麗な絵の絵本もたくさんあるよ。あなたは、何が好き?好きなものがあったら、教えてくれる?」

 もう一人、少年も近くまで来て様子を(うかが)っている。

「若様、人が真心をもって親切にしてくれています。若様もそれには、親切に真心をもって返さなくてはなりません。それが人として大切なことです。」

「…う、うん。」

 口では返事をするものの、体はいっこうに動こうとしない。

「…無理しなくていいよ。そこにいたままでいいから、好きなものがあったら、教えてくれる?」

 少女がそっとさっきより近づいて静かに尋ねる。

「……むし。」

 小さな声だったので、なんて言ったのか聞き取れなかったらしく、少女は小首を(かし)げた。

「ごめんね、聞こえなかったの。もう一回だけ言ってくれる?」

 少女はさすが、将来は医師になる希望を持っているだけあって、精神的に大人だった。

「…えっと、虫。」

「虫?そうか、虫か。」

 虫、と言われても少女は動じなかった。若様は顔は女の子のように可愛らしくても、男の子らしく昆虫に夢中になっていた。最初は悲鳴を上げて逃げ腰だったが、だんだん慣れてきてトノサマバッタやトンボを捕まえられるようになった。

「だけど、今日は虫取りには行けないね。雨だから。」

 少女は残念そうに言う。カートン家では昆虫も薬に使う。そのため、虫に(おく)する人は薬も作れないから、カートン家では子供の頃から様々な生物に慣れさせている。

 すると、様子を見ていた少年が、いくつかの本を持ってやってきた。少女に本を見せる。

「なるほど、これだったらいいね。ほら、こっち来てみて。いいものがあるよ。」

「……。」

 新たに誰かが来たので、若様は黙り込んだ。

「虫の本だよ。図鑑(ずかん)でたくさんの虫が描いてあるんだ。とても面白いよ。」

 少年が言うと、若様はそれに心を動かされたらしく、初めて動いた。フォーリのマントの下でもぞもぞと動く。少女と少年の二人もあっ、という顔で見合わせている。

「虫の…本?」

 若様はようやく、マントの下からそっと顔を出すと、少年と少女が持っている本を見つめた。若様はまだ()せているが、とても容姿の可愛らしい少年なので、それに二人は息を呑んで驚いている。だが、二人はすぐに気を取り直した。

「ほら、こっちへ来てゆっくり座って見たらいいよ。実はもっとたくさんの図鑑があるんだよ。私も図鑑を見るのは好きなんだ。一緒に見ようよ。知ってることは教えてあげるよ。」

 少年が言うと、若様はおずおずと頷いて、ようやく体を半身ほどマントの下から出した。だが、それ以上は緊張のあまり、動かないらしい。フォーリは少し手助けして、若様を抱き上げると二人の側に座らせた。若様は驚いて小さな声を上げたが、少年と少女がすかさず図鑑を目の前に差し出した。

「ほら、開いてごらん。面白いよ。」

 少年のすすめに従い、若様は図鑑をおそるおそる受け取ると、両手に抱えた。

「……ありがとう。」

 小さな声で礼を言う。二人は顔を見合わせて喜んだ。

「どういたしまして。」

 と返す声が弾んでいる。

「…!あ、たくさん。」

 若様が図鑑を開いて、感嘆(かんたん)の声を上げた。

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