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フォーリのけが 1

 グイニスは信じられない思いでシャルブの報告を聞いた。フォーリが意識不明で、親衛隊隊長のヴァドサ・シークも大けがをしたと。護衛の柱の二人が大変な事態になっている。グイニスの胸の中に、不安が黒雲のように()き上がってきた。

「本当にフォーリが意識不明に?」

「はい。ベリー先生の話では、たとえ一命を取り留めても復帰できないかもしれない、という事を言われました。」

 胸がきゅっと痛む。心臓の辺りが痛かった。あまりに悲しいと、悲しいと感じるより先に痛みを感じた。

 大事な支えを失って、くずおれそうな気持ちになる。あたかも、深い井戸に落ちてしまったかのような、絶望的な気持ちになりかけたが、肩にそっと手をおいてくれる温かみにグイニスは振り返った。

「若様、大丈夫?」

 横には心配そうなセリナの顔が間近にあった。

「どうしよう。もし、フォーリの意識が戻らなかったら…!」

「大丈夫よ。」

 セリナが抱きしめてくれて、グイニスを子供のように優しく()でてくれた。

「きっと大丈夫よ。だって、フォーリさんは強い人だもの。」

「私は一度、フォーリを殺した。ベリー先生が助けて下さらなかったら、死んでいた。だから、二度とフォーリにはそんな事がなくていいようにと思っていたのに、それなのに、また同じ事を!」

 たまらなくて、グイニスは吐き出した。涙が勝手に落ちていく。

「若様。兄は若様がご無事であることを一番に望みます。どうか、兄の選択を責めないで下さい。」

 シャルブの言葉にグイニスは、胸を突かれた。彼は実の兄が意識不明なのだ。それなのに、グイニスを助けるために任務についている。そして、それはフォーリの希望でもあった。

「…すまない、シャルブ。お前の気持ちも考えずに。」

 (しぼ)り出したグイニスの声に、シャルブが苦い顔をした。

「申し訳ありません、若様。私の言葉が足りず。若様を責めているのではありません。ただ、兄は…おそらく満足していると思うのです。若様をお守りできたので。そして、一方であの男を仕留められなかった事を、悔しがっているでしょう。兄は、そういう人柄ですから。」

 シャルブの言葉にグイニスは、セリナから離れるとシャルブの手を握った。シャルブが(おどろ)いたように、一瞬(いっしゅん)、手を引こうとした。

「シャルブ。ありがとう。お前も辛いはずなのに。そして、フォーリはそういう人だったな。分かっているけれど、悲しくて涙が止まらなくて、すまない。」

 初めてシャルブの両目が(うる)んだが、必死で(こら)えていた。

「若様、明日、カートン家に行きますか?」

「…それは、フォーリに会っていいのか?」

「そうです。親しい人の声を聞けば、早く目覚めるかもしれないと。」

 グイニスは勢いよく頷いた。

「そういうことなら、もちろん行く。フォーリが元気になるまで、一緒にいるつもりだ。どんなことでもする。フォーリは家族同然なのだから。セリナも…一緒に来てくれるかい?」

「もちろんです、若様。だって、わたしの母と妹を助けてくれたんです。それで、そうなってしまったのだから、行かないなんてそんな恩知らずなこと、できません。若様が仰る通り、フォーリさんが元気になるまで、どれだけ長くかかってもお付き合いします。お手伝いだって、なんだってしますから…!」

 セリナも両目を潤ませて、声も震わせて勢いよく言ってくれた。

「ありがとう。」

「お礼なんて言わないで…!」

 シャルブのうっ、という飲み込んだような声に二人は振り返った。シャルブがうつむいて、腕で顔を隠していたが、堪えきれずに涙を拭いている。ニピ族は冷徹(ていてつ)で冷酷だと思われがちだが、本当は違う。とても優しい人達だ。生きるためにそういう生業を選んだだけだ。そして、そのために命をかける。

「…申し訳ありません。ありがたくて……。兄もそう言って頂けて、とても嬉しいと思います。」

 シャルブは涙を拭くと、まだ、真っ赤な目をしたまま言った。

「ところで、若様。兄に会う前に覚悟をして頂かないといけません。」

「覚悟?」

「はい。ベリー先生の言うには、治療のために髪を剃り、場合によっては頭を開くそうです。でも、できるだけそうしなくていいようにするとは言われていました。意識がないので、口から管を通して飲食をさせて薬も投与するということでした。それで…。」

 シャルブは少し言いにくそうに口ごもった。

「シャルブ、気にしないで言ってくれ。」

 グイニスに(うなが)されて重い口を開いた。

「それが、その、以前に毒を飲んだ影響が何か作用して、意識が戻らない原因になっている可能性もあるそうです。」

 グイニスはその言葉が突き刺さったが、それは覚悟しなくてはならないことだった。フォーリに死ねと言ったのは事実だ。そうする以外に道はなかったが、同じ状況になったらきっと同じ選択をするだろうと思う。

「分かった。それは、私の責任だ。だから、シャルブ。私を(ののし)ってもいいんだ。」

「そんなことできません、若様…!若様は私達のことを一個の人間として扱って下さいます。それは、とても嬉しく思いますが、ですが…私達は護衛として僕として扱って欲しいのです…!」

 シャルブが少し興奮している。グイニスは思わず笑ってしまった。

「若様…!」

「いや、ごめん。でも、フォーリに以前、似たようなことを言ったら、ほとんど同じ事を言われた。同じだったから、兄弟そっくりでおかしくて。」

 すると、横で話を聞いていたセリナもふふ、と笑った。

「そうですよね。お二人は気づいていないかもしれないですけど、そっくりですよ。年は離れているのかもしれませんけど、やっぱり血が(つな)がっているんだなあって、思います。」

「……。」

 シャルブは困ったような表情を浮かべている。そんな表情までそっくりだ。

「…とにかく、明日はカートン家に行くということで準備をします。」

 困った結果、話を強引に終わった。そこら辺は少し違うかな、とグイニスは思った。セリナとシャルブに心から、グイニスは感謝していた。二人がいなくて、フォーリがそういう状態になっていたら、どうしたらいいか分からなくて途方に暮れていただろう。

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