ヨヨの街の子供達 5
だが、男達はげらげら笑った。
「女将、心配しすぎだ。大丈夫だって。カートン家のニピ族を見たが、たいしたことなさそうだったぜ。結構、間が抜けてんじゃねえの。実際の所、噂ばかりでたいしたことねえんじゃねえかって、思ってた所でさ。ちょうどいい。ニピ族が最強なんてでたらめだって、証明してやろうじゃねえか。」
「そうだぜ。どうせ、踊りだろ。あっちいって、こっちいって踊ってるから、珍しがっているうちにやられてるだけじゃねえのか。」
「言えてるな、それ…!」
男達はげらげら笑う。
「それで、若様はどこだ?」
青年は尋ねる。その声はさっきより、殺気が籠もっているような感じがした。女将が「どうしよう、やめておくれよ。遅いな、早く来ておくれ。」と呟いた。
「お前の若様ねえ。まあ、確かに分かるぜぇ。あの顔だもんな。」
ニピ族の青年が男の言葉に、怒りがこみ上げてきたのだと端から見て分かるほど全身を震わせ、言葉を絞り出した。
「最後に機会をやる。若様はどこだ?」
「かかってくるなら、来いよー。踊り子さんよー。」
「そうそう、お前の若様、顔も綺麗だけど、肌も女よりもいい肌して…。」
一瞬、消えたと思った。ドタン、と大きな音がした、と同時にニピ族の若者が後ろを向いたまま、扇子をビュウッと音を立てて綺麗に回し、直後にカラン、と音を立てて短刀が落ちた。何が起こったのか、全く分からなかった。
ニピ族の青年が後ろをちらりと振り返る。だが、無視して倒れた男に向かい、扇子を振り上げる。
「待て!」
同時に石つぶてのような物が飛んできて、ニピ族の青年はもう一度、扇子を素早く回転させた。やはり、カラン、と飛んできた物が床に落ちる。今度はセル銅貨だった。
「ニピ族の若者よ、無礼を許してくれ。」
杖を突いた老人が静かに謝罪した。先ほど、待て、と言った人だ。老人の前には二人いて、一人がさっき短刀とセル銅貨を投げて、彼が殺すのを止めたのだった。さっきの男はただ倒れただけだった。
「ニピ族が怒る理由はただ一つ。主に手を出された時だ。悪かった。愚か者共の無礼を儂に免じて許してくれぬか。」
「お、親分…!なんで、親分が頭をこいつなんかに下げて…!」
「黙れ!」
命拾いした男が大声を出したが、老人の付き人に一喝されて黙り込んだ。
「儂はこのヨヨの街をしきっておるやくざもんでのう。ここでの騒動を女将から聞いて、様子を見に来たんじゃ。」
「……。」
「愚か者共がすまん。どうか、この通り、怒りを納めてくれないか?」
ニピ族の若者は全身を震わせながら、息を吐いた。
「…あなたの顔を立てたいが……。だが、もし、若様に手を出していたら、許さない!裸にして触ったという趣旨の事をこの男は言った!」
「すまんかったな。」
老人は言うと、子分達に命じた。
「何してる。早く探してお連れしろ。」
怒れるニピ族を宥める方法はただ一つ。主と引き合わせて、主の命を聞かせる事である。馬鹿なことをしたとは言え、これ以上、暴れられたら惨事になることを親分は知っている。街を取り仕切る者として、宥めなくてはならなかった。
「この大馬鹿者は儂が罰を下す。だから、命だけは免じてやってくれないか。」
「…くっ。」
全身を震わせて怒りを堪えている。早く連れてこい、と親分は願う。
その頃、裏では少年達が急いで二人の美人を助けようとしていた。表で騒動があると聞き、見張りに立っていた一人を賄賂で懐柔して、外に出て行って貰った。その間に二人の縄を切り、取られた服を探しに行く。
「君達…どうしてここに?」
赤毛の青年はおっとりと尋ねる。
「あんた達、どうして助けてくれるの?」
娘の方もあれだけ騒いでいたにも関わらす、ぽかんとしている。
「早くしろよ、ボンボンと田舎娘。今のうちだ。なんか、表にニピ族ってのが来ていて、騒動になっているらしい。逃げるなら今のうちだぜ。」
少年は二人を立たせる。
「ち、服はまだかよ。」
その間に二人は下着を直していた。青年の動きは全てがなんか優雅で、しかもどこか色っぽかった。思わず少年は目をそらした。同じ男だが全然違い、さっきの男達が興奮するのも分かる。
「時間がないんでしょ。仕方ないわ。これで逃げましょう。」
「ああ、そうだな。」
気がつくと二人はそんなことを言って、頷き合っている。
「待て、馬鹿だな。その格好で逃げるって?立った今、二人とも貞操の危機だったんだろうが!下着のままだったら、どうぞ、襲って下さいって言ってるようなもんだろ!」
少年に叱られ、二人は黙り込んだ。
「だって、時間がないって言うから。」
「黙ってろよ、田舎娘。あいつらが探して来るから。」
少年は二人の美人を目の前にして、居心地が悪くてイライラした。特に青年とは目を合わせられない。田舎娘の方とは話が合うが。
「ところで、さっき、ニピ族が来ているって話をしていたけど、どういうことかな?」
その青年の方に話しかけられ、目を合わせないようにする。
「あんた達を探してるって話だ。でも、そんな都合良く、現れるかよ。どうせ、新手の人攫いに違いねえ。」
青年の質問に少年は答えた。
「でも、さっき、何人も倒れちゃったよ。ものすごく怒ってた。」
連絡係のぺぺがさっきから、行ったり来たりして様子を報告してくれる。
「その人、名前は言ってた?」
青年がしゃがんで優しくぺぺに尋ねる。
「ううん。でも、すっごい怒ってるの。」
「若い人かな、それとも少しおじさん?」
優しい問いかけにぺぺも警戒を解き、素直に答える。
「お兄さんだったよ。」
「手に扇子を持っていたかな?」
「せんす?」
首を傾げるぺぺに、指で扇子の形を作って見せながら青年が尋ねる。
「こういう形で閉じたり開いたりするんだ。」
ぺぺの顔が輝いた。
「うん、持ってた…!ひらひらして踊っているみたいだったの。それで、女将さんがほんとのニピ族を怒らせたらだめだって、言ってた。」
「ありがとう、助かったよ。」
青年が微笑んだ。初めて見る性別を超えた美しい微笑みに、少年は恥ずかしくてわざと横を向いた。なんだか周りがそれだけでキラキラと輝いた。埃が舞い上がって日光に照らされると綺麗にキラキラするが、そんな感じでキラキラしている。優しく頭を撫でられたぺぺは嬉しそうに頬を紅潮させる。
「うん。」
青年は娘を振り返った。
「シャルブだ。間違いない。早く止めに行かないと、大変なことになる。」
「でも、若様、その格好じゃ。」
「後で着ればいい。セリナも怒っているニピ族がどれほど恐ろしいか、知っているだろう?どれだけの人が死ぬか分からない。」
「そ、それは。」
そんな事を言っていると、表の方から親分の子分達が急いでやってきた。
(!げ!なんで、大親分の腕達がここにいるんだよ!ってことは、大親分がここにいるってことかよ!)
少年は内心、かなり驚き、焦った。
(大親分が出てきたってことは…。)
少年は赤毛の美青年を見上げた。
(ほんとにマジで王子さまってことか!?)




