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いなくなった若様

「…若様?若様、どちらにいらっしゃいますか?」

 その時、フォーリの声が響き渡った。

 みんな鹿を狩ってほっとしていた直後のことだ。

「若様、若様…!」

 兵士達に緊張が走る。セリナとリカンナも顔を見合わせ、急いで近くに走り寄った。狩りの間は、邪魔にならないようつかず離れずの距離を保っていたのだ。

「全員、整列…!」

 護衛の親衛隊長のヴァドサ・シークが兵士達の点呼を取り始めた。この場にいない者が一緒にいるかもしれないからだ。だが、全員、(そろ)っている。

 今までに見たことがないほど、フォーリの顔色が変わった。それを見たシークと兵士達の顔色も変わる。

「待て、落ち着いてくれ。手分けをして探そう。」

 隊長がフォーリを(なだ)め、セリナとリカンナに気がついて、二人を手招く。慌てて二人はやたら緊張感の高まっている空気の中、走り寄った。

「は、はい。」

 知らず声が裏返ってしまう。

「二人は若様を見なかったか?」

「いいえ、わたし達のいる方にはいらっしゃいません。誰も後ろには戻ってきませんでした。」

 セリナの説明に、フォーリがくっと息を吐いて拳を握った。

「…私としたことが……!」

 言うなり、フォーリは身を(ひるがえ)して辺りを探し回り始めた。

「…い、いいんですか、一人で行っちゃいますよ?」

 思わずセリナがシークに尋ねると、彼は二人をついて行かせた。

(あるじ)がいないニピ族を誰も止めることはできん。ついていっても見失うだけだろうが、手がかりは見つかるかもしれない。」

 不思議な言葉を隊長は言う。いつも、あんなに冷静沈着なフォーリが、動揺して混乱するとでも言っているのだろうか?

「あの、あたし達も手伝います。」

 リカンナが申し出るとシークは、いや、と断ろうとした。

「わたし達、この辺には詳しいです。しょっちゅう入ってますから。ここを基点にみなさんが行かない方に行きます。」

 セリナの説明にシークは少し考えた末、(うなず)いた。そして、比較的斜面がゆるやかな方を探すように言われた。

「いらっしゃったら、すぐに大声で知らせてくれ。」

「!あ、じゃあ、この呼び鈴をがんがんならします。」

 一応、持ってきていた呼び鈴をセリナはかごから出した。

「あんた、心配性が役に立つわね。」

 一瞬、目を鋭くしたシークだったが、リカンナの発言に表情を和らげた。

「分かった、頼んだぞ。」

 二人は大声で呼んで若様を探しながら、山道を探した。最初はそんなに深刻に考えていなかった。そのうち、「ちょっと、道に迷っちゃって。」と言いながら、へへ、と照れ笑いしつつ出てくるような気がしていた。

 でも、だんだん心配になってきた。大体、若様は山歩きに慣れていた。何日も同じ山道を歩いていて、おおよそ道も分かってきているはずだ。確かに山道での油断は禁物だ。それでも、分かっているかいないかでは、大きく違う。

「…どうしよう。このまま日が暮れちゃったら。それに、崖から落ちていたら大けがをしているかもしれない。」

 心配になってきたセリナは、思わず()らした。本当に見つかって欲しかった。セリナよりも可愛い顔で、セリナにべっぴんさんで綺麗だと言ってくれた人だ。それだけではない。本当はとても優しくて、人が死ぬことに心を痛めている。そんな人がどうして、命を狙われて殺されなくてはいけないのか。

 フォーリが一生懸命、命がけで若様を守ろうとする気持ちは、セリナもよく分かる。

「…ねえ、あんた。聞いてる?」

 リカンナの呼びかけに、セリナはやっと振り返った。

「もう、聞いてなかったでしょ。」

「…ごめん。」

「崖って言ったら、確かにあるけど、道に迷ったどころじゃないよ。大幅に道からそれちゃう。若様はおそらくそんなことにはならない。あの歩き方からすればね。あたしが言いたいのは、もし、崖下に転落してたら、間違いなく事故じゃないってことだよ。誰かに…。」

「しーっ!」

 セリナは急いでリカンナの発言を(さえぎ)った。

「誰かに聞かれたらどうするの!…でも、あんたの言うとおりだね。行ってみよう。念のため行ってみて、いなければそれはそれでいいんだし。わたし達も安心できる。」

 二人は深刻な顔で(うなず)き合うと、急な斜面がそのまま崖に続いている場所に向かった。普段は近づかない。足を滑らせたら危険だから側を通るだけだ。

 二人はだんだん暗くなり始めた山道を急いだ。山の日が落ちるのは早い。村ならまだ日はかなり高いが、山では下りる準備を始めないといけない時間だ。

 辺りをおそるおそる、二人は眺め回した。誰かが通った痕跡や、落ち葉がなくなって腐葉土がむき出しになっていないか、確認する。

「大丈夫…みたいね。」

 リカンナが確認するように言った。

「待って。」

 早く切り上げて行こうとするリカンナを、セリナは引き止めた。心臓の鼓動がやけに大きく聞こえる。直感だ。

「あそこ。あそこはまだ見てない。」

「でも、あそこは危ないよ。落ち葉が深く積もって滑りやすいし、もう、斜面になってるから。」

 かなり昔に切られた大木の切り株の向こうだ。本当に大木だったので、切り株もかなり大きく、人の背丈以上ある。大きすぎて他のことに加工すらできず、放置されているものだ。今では危ないところの目印に使われている。

「ここにかごは置いていくから。あんたはここにいて。何かあったら、助けを呼んでね。」

 セリナは背負いかごを降ろし、体勢を低くしてそろそろと足下に注意しながら、近寄った。切り株に捕まり、道からは見えない少し下の方を見た時だった。

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