ヨヨの街の子供達 1
最初の喧嘩はお金のことだった。セリナが買い物に行っている間に、自称“可愛そうな子供達”に、若様が持っていた有り金全部を施してしまっていたからだ。
「なんてことを、貴重なお金だったのに!若様が持っている分は、結構あったでしょ!あれ全部をあげてしまうなんて!」
セリナは急いで立ち上がった。
「どこへ行くんだ?」
「取り返しに行くんです…!」
「何を言ってるんだ、一度あげたものを取り返すなんて…!」
全然、分かってないんだから!セリナは頭にきた。今、どれほど危機的な状況か、若様は全く分かってない。
「少しあげるなら、分かりますよ、だけど、全部なんてあり得ない!とにかく、最低でも半分は取り返さなきゃ!」
「でも、セリナが持っている分だってあるはずだ!」
若様は悪いことをしたと思っていないので、とても不満そうだ。
「これで、何日持つと思ってんの!宿代だっているし、食費だって馬鹿にならないんだからね!馬の飼い葉代だって都会じゃかかるのよ、分かってんの!」
とうとう堪忍袋の緒が切れたセリナは、怒鳴ると若様に背を向けて歩き出した。馬が後ろでごめん、というように鼻を鳴らしている。若様が呆然としているのが分かっていたが、セリナは無視して歩き出した。
まったくもう、とプンプンしながらセリナは歩いた。ちょっとお金持ちそうな人に、数人の貧しそうな子供達が寄っている。
(あれね。)
セリナはその子供達を観察した。いくらか貰った子供達は別の人を物色している。やがて、セリナに気がついた。しばらく、セリナをじろじろ見て何か相談し合っている。
セリナがお金を持っているのかどうか、吟味しているらしい。
(そうでしょうね、お金持ちに全然、見えないでしょうからね。)
じきに一人の子供が近づいてきた。
「なあ、姉ちゃん、オレ達になんか用か。それとも、オレ達のシマ荒らすって言うんじゃねえだろうな。」
「…は、シマ?」
全く意味が分からなかったが、どうやら縄張りのことらしいと見当づける。
「違うわよ。あんた達、さっきとても美男子な貴公子から、お金奪い取ったでしょ。返して貰いたいんだけど。」
「はあ?知らねえよ。」
「嘘、ついてんじゃないわよ。」
少年は振り返り、仲間を手招いた。
「なんだよ、この姉ちゃん、何言ってんだ?」
「オレ達がとった金、返せってさ。」
「そんなもん、今さら返せるかって。」
子供達は口々に言う。
「知らないなんて、言わせない。だって、絶対、一目見たら忘れないもの。その人からお金巻き上げたでしょ、返しなさい。」
「姉ちゃん、だめだぜ、人の親切を踏みにじっちゃあ。」
「大体、そんなこと言われても、多くの人と会ってるから、忘れちまったって。なあ。」
子供達はそうだ、そうだと頷き合う。
「忘れるわけないでしょうが。綺麗な赤い髪のすっごい美人な人から巻き上げたでしょ。なんだかんだ言って、有り金全部ださせたんでしょうが。さっきみたいに。」
「……。」
さすがに忘れたとは言い張れなかったらしい。
「とにかく、返して。」
セリナは頑として言い張ったが、子供達の間に妙な雰囲気が流れている。後ろに気配を感じて振り返ると、この子供達より年長である子供が立っていた。
「なんだ、この…まあまあ美人だが田舎くさい姉ちゃんは。」
さっきの子供達も生意気だと思っていたが、さらに生意気な口の子供が現れた。
「あんたが、この子達の頭分なの。お金返してくれる?全員分の返せって言ってるわけじゃない。特定の人物から巻き上げた分を返してって言ってるの。」
その少年は大人のように『ち、しゃーねーな。』みたいな表情をして、一人の少年に問う。
「いくらだ?」
「それが…かなりあって。」
「いいから言えって。」
「十スクルと五十セル。」
少年はため息をついた。
「そりゃあ、返せって大騒ぎするわ。しゃあねえな。返してやるよ、五スクル。」
「何言ってんのよ、ダメに決まってんでしょーが。しかも、さりげなく五十セル分、切り捨ててんじゃないわよ。」
「何言ってやがる。大体、くれたもんを返せって言うから、仕方なく応じてやってんだろうが、感謝しろよな。」
「何が感謝しろよ、恩売ってんじゃないわよ!」
「オレ達だって生活かかってんだぜ。」
セリナは仕方なくため息をついた。
「しょうがないわね。じゃあ、九スクルにしてあげる。一スクルと五十セル。これだけあれば、今、ここにいるあんた達なら生きていけるでしょ、数日分はあるはずよ。」
「分かってねえな、姉ちゃん。オレ達はほかに妹や弟達を食わせなきゃいけねえんだよ。それしきじゃ足りねえんだよ。おまけにシマ代だって払わなきゃならねえ。」
「…ふーん、縄張り代ね。だから、なんなのよ。九スクル返して貰うわ。大体、一スクルは大金よ。その中から、シマ代とやらも出しなさいよ。」
「ち、鬼かよ。」
「鬼でもなんとでも言えば。こっちだって生活かかってんのよ!」
「じゃあ、六。」
「だめよ、ダメダメ。九!」
「六だって…!」
ここは駆け引きである。だが、あまりぐずぐずしていると縄張り代を要求しているヤツらがやってくるかもしれない。それを懸念したセリナは、仕方なく折れた。
「分かったわ、じゃあ、八ね。これ以上は絶対に下げない。」
少年は腕組みして考えていたが、頷いた。
「分かったよ、八だ。八スクル、返してやる。ほらよ、確かめろ。」
少年は売り上げの入っているらしい金袋から八スクル取り出すと、セリナに手渡した。
「そうね、間違いなく、八スクルだわ。それじゃ、ありがと。」
セリナは振り返り歩き出そうとして、立ち止まった。
「ああ、セリナ、良かった。無事で。お金を取り返すって、本当に取り返したの?」
若様がにこやかに笑って言う。子供達が後ろで「ああ、なるほど。」とか、なんか言っている。
「取り返したわよ、行くわよ、この馬鹿!」
セリナは思いっきり怒鳴ると、若様の腕をつかむと引きずるように歩き出した。
「十スクルと五十セルあったのが、八スクルになったんだからね!五十セルあれば、飼い葉代一日分にはなったのに!」




