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護衛二人の危機 1

 意外なことが起こります。若様にとって家族みたいな人たちの危機です。

「…あの王子、なかなかやるものだな。まさかあの男を丸め込んでしまうとは。」

 建物の窓から下を眺めていた男は呟いた。

「私は手を出さないと言った。だが、あの男が手を下すと分かっていたから、そうしただけのことだ。」

 男は言うと振り返った。

「お前が(あるじ)として選ぶだけのことはある。あの王子を見くびっていた。あれだけの人徳があれば、あの王太子と遜色(そんしょく)ない王になれるだろう。いや、王としてはその方がいいかもしれない。そして、王太子が宰相として手腕を振るえば、最良の結果になっただろう。」

 だが、現実は違う。そうはならない。分かっていることを男は言う。

「なぜ、私を追った?」

 上半身は裸にされ、猿ぐつわをされ、両腕を後ろ手に革紐で縛られた上、全身を鎖でがんじがらめにされて、天井の梁から逆さまに吊されているフォーリに尋ねてきた。もう、しばらくその状態にされているので、頭に血が上り内臓が下がって肺を圧迫し、息が苦しかった。

「愚問だった。主に仇なす者をニピ族が放っておくわけがないな。お前はニピ族の中のニピ族。私を追いかけて正体をつかもうとするのは当たり前だった。」

 男はフォーリを眺めた。

「もう、足の先の方はかなり色が悪いな。足先は氷のように冷たいのに、頭は熱いだろう。ああ、鼻血が出ているな。早く意識を手放せば楽になれる。」

 男は窓下に視線を移した。

「それとも、主のことが気になって気を失うことすらできないか?まだ、お前を殺すわけにはいかないから、できれば気絶してくれるとありがたいんだが。普通だったらとっくに気絶している。」

 男はため息をついた。

「しかたない、教えてやろう。お前の主は無事に街を出られそうだ。お前にも聞こえるだろう、祝福する声が。街の者がみなで道を空けている。あの村娘と一緒に出て行くぞ。」

 フォーリは安堵(あんど)した。セリナとはそうなることは分かっていた。目の横を通って鼻血が流れ、額に回って血が床に落ちていっている。セリナならなんとか、シャルブと合流するまで持ちこたえてくれるだろう。

「このままだとお前は死ぬな。」

 男はもう一度、ため息をついた。

「仕方ない、降ろせ。死なれても困る。猿ぐつわも外せ。窒息も困る。」

 ガチャガチャという金属音がして、フォーリは床に降ろされた。だが、自分が立っているのか座っているのか、寝ているのかそれさえも分からないほど、頭が朦朧(もうろう)としていた。猿ぐつわも外され、ようやく息が楽になる。

 一緒に捕まった親衛隊隊長のシークはどうなっただろうか。せめて彼だけでも逃がすことができれば…。フォーリはぼんやりする頭で考えた。

「これでも気絶しないとは、頑強な男だ。だが、お前も甘いところがある。まあ、だから、お前に追いつかせないためにあの母娘を人質にしたのだが。」


 フォーリは早朝、シャルブを若様の下に送った後、遺体をどこに運ぶのか確かめようとした。

 それに気がついた親衛隊の隊長ヴァドサ・シークは隊をベイルに任せると、自分も一緒にフォーリに付いてきた。フォーリの動きについて行ける者は限られており、ほかにベイルしかいなかったが、フォーリの考えをできるだけ、正確に読める者となれば、シーク本人しかいなかった。だから、彼自身が来たのだ。

 二人は彼らの後を追い、オルが使っていたらしい古い山道を通り、やがて、朽ちかけた山小屋にたどり着いた。だが、そこから先にも山道は続いており、どこかに抜けるようだった。遺体を彼らはもくもくと運んでいる。

 二人は違和感を感じていた。遺体を運ぶ者達はどこか目が虚ろで、まだ、雨が降り、風もやみきっていない中、恐怖を感じることもないようだった。彼らは(あり)が獲物の虫を運ぶように、遺体を運んでいく。なんとも思っていない様子だった。二人はさらに続く山道を追っていこうとした。

 だが、そこで、朽ちかけた山小屋から、双子の弟を殺したから王子を助けるとか言っていた男が出てきた。その手には縄が握られており、ずるずると何かを引きずってきた。フォーリとシークは息を呑んだ。引きずられてきたものが咳き込む。

「おい、どこかに隠れているだろう。それ以上、余計なことをされたら困る。だから、卑怯ではあるが、有効な手段を用いることにした。実は部下をあの村娘の家に送っておいた。だが、嵐のせいで見張りも何もうまくいかなかったようで、王子と娘は去った後だった。そこで、娘の家族である、母と妹をここに連れてきたというわけだ。」

 ジリナとロナが両手両足を縛られた上、首に縄をかけられて引きずられてきたのだ。

「フォーリ。お前と私で一人ずつ助けよう。それぞれ、近い方を。」

 フォーリに異論はなく、(うなず)いた。

「さて、どちらから始めようか。」

 男は言うと笛を吹いた。すると、小屋の中から六人が出てきた。よくあの小屋の中に潜んでいられたものだ。もしかすると、地下室でもあるのかもしれない。そうでないと、あの朽ちかけた小屋で、昨晩のあの嵐を乗り切れるとは到底思えないからだ。男は雨に濡れた様子がない。

 つまり、ある程度、乾かす時間があったということだ。かなりの大空間があるということになる。空気も流れなければ、火を()くこともできない。当然、多くの人間を収容することもできない。

 六人の男達は遺体を運ぶ者達と同様、蟻のように無言で二人の縄を近くの木の枝にかけて引っ張り始めた。

「!」

 ぐずぐずしている暇はなかった。二人の首が絞まって死んでしまう。フォーリとシークは隠れ場所から飛び出すと、風のようにジリナとロナの首の縄を切り、二人の体を抱えて後ろに下がった。急いで、手足の縄も切る。二人は咳き込んだ。首に縄が締まった跡はついたが、命に別状はない。

「大丈夫か?急いで逃げろ!」

 フォーリは鉄扇を抜いてジリナとロナに言った。

「フォーリさん、隊長さん、あんた達……。」

「いいから、時間がない!あの男は手練れな上、全てに用意周到な男。早く!」

 シークも(うなが)し、ジリナは頷いた。

「ありがとう、気をつけて!行くよ、ロナ…!」

 ジリナの判断が速くて助かる。フォーリとシークは安心した。あの男からは片時も目を離せない。だから、フォーリはジリナの首の縄を切った後は、一度も目を離していない。シークが二人を気遣い、誘導して山道に向かわせた。


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