ヒーズの街で 3
「…セルゲス公、どうかこちらへ。我らは陛下のご命令をまっとうするしかございません。」
藍色部隊の隊長はずっと弓矢で若様を狙っている。腕が疲れないのだろうか。
「今度も叔父上が直接言われたのか?叔父上が私に死ねと。」
「……。どうか、セルゲス公、お願いします。」
「おい、貴様、横暴だぞ、王太子殿下の管理にあるっていう話だったじゃないか…!」
「そうだ、そうだ、なんで、勝手に動いているんだ!」
「お前ら一体、何なんだ…!」
わあっと民衆が騒ぎ出した。もしかしたら、逃げられるかもしれない。みんな若様に同情している。セリナは期待した。
「黙れ、貴様ら!!」
藍色部隊の隊長が怒鳴った。思わずびくりとセリナは身じろぐ。すると、若様が大丈夫だよというように、ぎゅっとセリナを抱える腕に力を込めた。それだけで、セリナはビクッとして、それでいて安心した。
「たとえ、どんなに天下に罵られようとも、我らはこうするしかない!それ以外にないのだ!」
藍色部隊の隊長は、かっと目を見開き、睨み殺すような勢いで周囲の人々を威圧した。
「貴様らが騒ぐなら、貴様らの目の前でセルゲス公を射殺す…!邪魔をしようとしても、貴様らが動く前に急所に打ち込んで殺すぞ!それくらい、できないとでも思うか!」
あまりの迫力に人々が押し黙った。
「セルゲス公。民の前でそのような事態にしたくないとお考えであれば、どうか来て頂きたい。」
「…分かった。」
若様の答えにセリナも人々も息を呑んだ。
「家族が人質に取られたのか?私のせいで、関係のないお前達の家族に迷惑をかける。」
若様の声は決して大きくないのに、大勢の人々の耳に届いた。そして、それが聞こえたのは、藍色部隊の隊長も同様だった。彼は目を見開いて幽霊でも見たかのように、若様を凝視している。
「……なぜ、そのようなことを…?」
藍色部隊の隊長の声は掠れていた。若様は優しく微笑んだ。
「三年前、お前は私に教えてくれた。叔父上が王として、お前に直接命じられたと。だが、先ほどははっきり明言しなかった。お前は生真面目な性格だとみえる。嘘をついても良かっただろうに、お前はそうせず、沈黙した。だから、何か理由があるだろうと思っただけだ。
それに、天下に罵られてもそうするしかないと言った。そんなに必死になる理由として、家族などを人質に取られたというくらいしか、考えがつかない。
そして、それはおそらく叔父上のご命令ではない。人質に取った者は私の考えが合っているならば、昨日、屋敷を襲撃してきた何者かが関与しているだろう。」
藍色部隊の隊長の顔は青ざめていった。動きが止まった、その時だった。
「セルゲス公、今です、逃げて下さい…!」
「どうか、王子さま逃げて下さい!」
人々が若様の馬の手綱を引いて、若様が乗っている馬がいなないた。
「動くな!」
藍色部隊の隊長が怒鳴ると同時に矢が放たれた。
「!あぁ!」
人々の短いが緊迫した悲鳴が上がった。だが、矢は狙いがはずれて全然別の方向に飛んでいく。人々が安堵の息を漏らした。
「言っただろう!邪魔をしようとするなら、セルゲス公を射殺すと!」
藍色部隊の隊長はすぐさま、新たな矢をつがえる。あまりの早業に人々は、若様が射られると思って、恐怖の悲鳴を上げた。
「大変だ、王子様が!」
「みんな動くな!」
「セルゲス公が死んだら、オレ達のせいだぞ…!」
「みんな、落ち着いてくれ。私は無事だ。焦って動くとけが人が出てしまう。」
若様の声に人々ははっとした。そして、涙を浮かべて泣き出す人もいた。一番、命の危険があるのに、人々の安全を考えて心配をかけまいとしているのだから…。
「なんて、優しい人なんだ…。」
「ご自分の方が危ないのに。」
「みんな、ありがとう。」
若様は人々に礼を言って、馬主を巡らした。
「やめて、あきらめないで、王子様!」
「そうだ、なんで、いい人なのに…!」
「あきらめちゃだめよ!」
「生きたいんでしょ!どうか、引き返して下さい!」
男性よりも女性の方がより声を張り上げた。
「その子はどうするの!」
「一緒に死んでしまうの!」
人々の反応に、藍色部隊の隊長に緊張が走ったのが分かった。
「静かにしろ!」
それに気がついた男の人が叫んだ。人々は一斉に藍色部隊の隊長を覗う。
彼はひどい顔色のまま、弓を引き絞っていた。いつ放ってもいいようにしている。だが、その腕が小刻みに震えている。腕が疲れたのかとセリナは思った。だが、違った。よく見れば全身を震わせている。そして、「ぐっ。」という苦悶の声を上げながら、腕を降ろしたのだ。
「……く、うぅぅ。」
彼は馬上でうつむいた。
「…できない。」
彼が放った一言にセリナも含めて、人々は耳を疑って凝視した。
「できない!ああ、私は!どうしたら!」
彼は馬上で男泣きをしていた。肩を震わせて泣いているのだ。そんな藍色部隊の隊長に若様は、馬を進めた。




