山の狩り
次の日、セリナとリカンナは若様とフォーリの狩りに付いて行った。
芝刈りや薪を手に入れるため山林にはよく入るし、春には山菜、秋にはきのこを取りに行くので、山歩きには慣れていた。
だが、それ以上にフォーリと若様の山慣れは、想像以上だった。野宿をしたことがあるというのは、嘘ではないだろう。しかも、ただの野宿ではなさそうだ。そして、それに付いていく兵士達の健脚も大したものだ。ぼやぼやしていたら、置いて行かれてしまう。
それでか、とセリナは納得した。しばらく前から、二人一組で若様の食事担当の役割で、村娘達が付いて行くことになっていたが、最初はみんな張り切って大喜びで行くのに、帰ってきたら二度と行きたくないとばかりに、疲れ切った顔で口をつぐんでいた。
セリナとリカンナが背負いかごに入れて背負っている荷物は、若様とフォーリの分だ。兵士達は自分で自分の物は持っているので、運ぶ必要はない。フォーリなんかは自分で持てばいいじゃないの、と文句を心の中でセリナは言った。
山をあちこち歩いているものの、今日の収穫はない。なければ昨日のを食べるしかないのだが、フォーリの予想だと明日あたり、天気が崩れるらしいので、できれば今日、手に入れておきたいらしい。
お昼ご飯を食べ、セリナとリカンナの荷物は減ったが、フォーリは難しい顔をしていた。
「このまま、何も取ることができなければ、罠をしかけます。」
フォーリは若様に言っている。
「うん、分かった。夕方になる前に戻らないといけないし、罠をしかける時間を考えると、狩りができる時間はそう残っていないね。」
若様は飲み込みが早かった。彼の言動を見る限り、どこが気が狂っているのか分からない。
(もしかして、王宮で部屋にじっとしていないから、気が狂っているって言われているんじゃ…。)
思わずセリナはそんなことを考えて、まさかね…と首を振った。
「そういうことです。ぐずぐずしていられません。」
フォーリが立ち上がり、若様もパンなどをくるんでいた布を畳んで立ち上がった。
「ありがとう。二人とも重いのに運んでくれて。」
セリナに布を返しながら、困ったように微笑んでフォーリの元に歩いて行く。兵士達も歩き出し、その一番、最後を付いていく。
「若様って、顔も性格も悪くないのに、不憫な方だね。」
リカンナが小声でぽつりと言う。
「うん、そうね。」
「あんな顔されたらうっとりしちゃう。恥ずかしくて、いつも顔をちゃんと見れないよ。」
「うん。可愛いわよね。思わず頬ずりしたくなっちゃう。」
「さすがにそれはまずいでしょー。でも、良かった。あんたが普通に女で。」
「…もう、何よー、それ。」
ここは山の中で、さらに兵士達が落ち葉を踏む音などで会話は聞こえないから、二人は久しぶりにそんな話で盛り上がった。
「いたぞ、追え…!」
突然、兵士達の声が響いた。獲物がいたらしい。普通なら犬を放すが、残念なことに若様は犬を飼うことを許されていないので、持っていない。自力で獲物を捕らえなくてはならないのだ。急いで後を追っていくと、兵士達が数人、山の斜面を駆けていくのが見えた。
やがて歓声が上がり、無事に獲物を捕らえたようだ。鹿を射たらしい。
「良かったね。これで、若様のお食事も数日間、心配ないね。」
狩っても食べきれない分は、兵士達の食料に回ったり、できる分は燻製肉などに加工されている。
セリナとリカンナは自分達もほっとした。先日、あんな深刻なやりとりを見せられてしまえば、この狩りは身分の高い方々の単なる余興などとは、全くの別物だと認識せざるを得ない。そう、生死に関わる重要な問題だ。




