ヒーズの街で 1
ヒーズまで来て、思いがけない事態が発生した。通称藍色部隊が歩いているのを発見したのである。発見したのはセリナだった。
「若様、あれ…!」
何事もなければ、セリナはヒーズの街を楽しむことができたが、藍色部隊を発見してしまった。なんて時に来ているのだろう。彼らがいなければ、若様と街歩きを楽しむことができたのに…!心の中でセリナは彼らに文句を言った。
旅人なら誰でも使える厩舎があり、そこに若様とシャルブが馬を休ませている時、暇になったセリナが周りを眺めて気がついた。
若様とフォーリを窮地に陥れた存在だ。あの男の顔は決して忘れない。シャルブはちょうど厩舎の管理人と話をしていて、背中を向けていた。セリナの声に若様とシャルブが振り返り、彼女が指さす方向を確認した。
セリナは急いで上着を脱ぐと、若様の頭に被せた。美しい髪の色で誰だか、すぐに分かってしまう。王家の至高の色は目印でもあった。
「あの、わたし、帽子でも買ってきます。」
「待ってくれ、セリナは彼らを知ってる?」
セリナは頷いた。
「わたしが…村に案内してしまったので。その時の隊長らしき人に間違いないと思います。あの時と比べて髭が生えていますが、そうだと思います。」
「つまり、セリナは彼らに顔を知られてる。」
「では、私が行きましょう。」
「いや、それより、逃げる算段を考えるべきだ。もう、見つかっていると思う。彼らはそういう特別な訓練を受けているのだから。」
若様は言いながら、馬の手綱を解いた。
「確かにそのようです。若様、私が時間を稼ぎますから、その間にセリナとお逃げ下さい。」
シャルブの言葉に若様は頷いた。
「気をつけてくれ。では、落ち合う場所は、次の二だな。」
「はい。若様もお気をつけて。」
シャルブは言うなり、次々と馬の手綱や縄を解いて回った。ほかの旅人達の馬達だ。動かない馬達を誘導しながら、藍色部隊がいると分かっている場所に尻を叩いて走らせる。馬達が勝手に走り出したので、持ち主達は慌てて追いかけ始めた。「誰だ、こんなことをする奴は!」そんな怒鳴り声もする中、セリナは若様に腕を掴まれて一緒に乗馬した。若様がセリナを引っ張り上げてくれた。
石畳の町中を走る。人が大勢いるので、少し早めの歩みだ。人々が振り返った。若様は雰囲気だけでもほかの人と違う。その上、セリナもそれなりに美人だという自負が少しはある。二人は注目された。
(これは、まずい…!だって、これじゃあ、どこにいますって宣伝して歩いているようなものじゃないの…!)
それは若様も同じ事を思ったようだった。
「これじゃ、だめだな。」
若様は頭に被っているセリナの上着のせいだと思ったらしく、セリナが止める前に上着を取ってセリナに返した。確かにどっちみち、注目されてはいたが…さらに注目された。美しい王家の至高の色の髪だ。その上、整った容姿のどこかの良家の子息。人々は一瞬、言葉を失ったように立ち止まり、若様を見つめる。
「…お、王子様じゃ!」
どこかの老人が叫んだ。老人の叫び声に人々は、はっとする。そして、次の瞬間、どよめいた。
「た、確かにそうだ!夕日のような髪の色は、王家の象徴の証だ!」
「そうだ、確かに間違いない…!」
「ということは、セルゲス公だ!」
「おお…!噂に違わぬ美しいお方だ!」
「かつての王妃様と生き写しだというぞ!」
「…まあ、なんて美しくて、しっとりした方なの…!」
あたりはたちまちのうちに大騒ぎとなり、群衆に囲まれてしまった。前にも後ろにも進めない。セリナは青ざめながら、こっそり若様の顔を見上げた。若様も多少、青ざめている。
「セルゲス公、どうして、このヒーズの街にいらっしゃるのですか?」
「時々、セルゲス公を見かけたという噂があって、嘘だと思っていました。どうして、ここに来られるのですか?」
「やっぱり、見間違いじゃなかったんだ!」
「俺も見たことがあるぞ…!」
「どうして、来られたんですか?」
人々の質問に若様は覚悟を決めたように、息を吸って吐いた。セリナの首筋に若様の息がかかる。思わずドキドキしてしまうが、今は胸が高鳴ってうっとりしている場合ではなかった。
「みんな、聞いてくれ…!確かに私は、あなた達の言うとおり、グイニス・セルゲス・ジャノ・サリカタだ…!」
セリナはぎょっとして、ますます青ざめ、息が止まりかけた。
(若様、何、素直に名乗ってんのよ!!馬鹿じゃない!?どうするの!)
セリナの存在は人々からは無視されており、セリナは存在しないかのように身を縮こまらせた。
人々は一瞬の空白の後、どよめいて顔を見合わせた。
「無礼じゃ、ご挨拶をせぬか…!礼儀をたださぬか!」
先ほど王子様じゃ、と叫んだらしい老人がまた、よく通る声で叫んだ。その瞬間、人々がざあっと波が引くように膝を折って礼を尽くした。セリナは息を止めて、その様子を見守った。思わず全身が粟だった。これが…若様が生まれながらにして持っている権威の力、なんだと実感する。
「みんな、ありがとう。気持ちは受け取ったから、面を上げて楽にして欲しい。」
「かたじけのうございます…!」
その老人は王宮勤めでもしていたのか、礼を言って立ち上がる。どうしたらいいのか、顔を見合わせていた人達も、老人に習って立ち上がった。




