嵐の夜の事件 4
「ああ、だめだめ。」
男が突然、手を振った。
「今の冷静な一撃じゃなく、お前のぶち切れた時の一撃が欲しい。」
男はへらへら笑っていたが、一つ頷いた。
「これがいいだろう。あの王子の足首に縄が付いていただろう?」
男は喉でクツクツ笑う。
「鐘に繋がっていて、動けばなる仕組みだ。王妃の依頼であの仕組みを考えたのは私だ。」
フォーリが素早く鉄扇を畳んで帯に挟み、右手に剣を持ち替えた。シャルブは、はっとする。ニピ族の鉄扇は手加減ができる。だが、剣では手加減できず、相手は必ず死んでしまう。つまり、ニピ族が利き手に剣を持ち変える時、剣で舞をするということになり、それは相手を必ず殺すという意思表示なのだ。
「特にあんなことをされれば……。」
男は最後まで言うことができなかった。血しぶきが上がり、ドン、という首が地面に落ちた音でみんな我に返った。直後に体の方もゆっくり地面に倒れた。
「…なるほど、本当に凄まじい腕だ。」
全員が驚愕して暗闇を凝視した。今の声は、今し方死んだはずの男の声とうり二つだった。ゆっくり人影が近づいてくる。
「愚かな。」
現れた男の姿を見て、フォーリは間違えていたことに気がついた。
「気がついたようだな。以前、お前と戦ったのは私の方だ。今、首を刎ねられて死んだのは私の双子の弟だ。調子に乗って死んだだけだ。」
先ほどの男が火のように熱かったとすれば、この男はどこまでも冷たい印象だった。
「私がお前と戦った話を聞いて、凄まじい腕のお前と戦いたかったのだ。実際に私達は強かった。だから、弟を殺せたお前はかなりの腕だ。」
男は淡々と言った。
「私の弟を殺したその腕前に免じ、あの王子は今回も見逃そう。それに、こんなに訓練をしてきた者達を殺されては、立て直すのに時間がかかる。人材の育成ほど時間と金がかかるものはないからな。」
自分達の事情を説明し、男は笛を吹いた。
「さてと。嵐がひどくなってきた。お前の主は運があるのか、ないのか分からない運命を背負っているな。」
男は言うと暗闇に姿を消した。シャルブが追おうとするのをフォーリが止めた。
「嵐がひどい。急激にひどくなっている。外にいれば危険だ。」
「若様は?」
「若様はどこにいらっしゃるか分かっている。」
フォーリは明言した。
「ご自分で安全な場所まで行けるくらいの力はおありだ。それよりも…!」
突風が吹いてきて、みんなは顔を覆った。松明の火が消える。雨も叩きつけてきて、顔をまともにあげることさえ困難だ。ゴオッと風が唸る。遺体を片付けるどころではない。
「く、こんなに風が強いのでは、どうにもならん。遺体はどうする?」
風が治まっているうちに、シークがフォーリに尋ねた。
「どうするかは知らん。だが、以前は向こうが勝手に持って帰った。とりあえず、今は屋敷の中に戻らなければ。捕らえた連中も仕方ないだろうな、これは。」
「…そうだな。伏せろ!」
シークは怒鳴った。近くの者が全員風雨の中、素早く伏せる。直後に何かが飛んでいった。間一髪だった。戦闘で誰も味方は死ななかったのに、嵐で死人が出そうだ。そうして味方は全員、屋敷の中に避難した。
嵐の間中、誰も外に出ることができなかった。そして、明け方近くになり、風が治まり始めた頃、外で物音がした。見れば何者かが遺体を運んでいるらしい。どうやら、謎の敵には戦闘部隊と後片付けの部隊があるらしい。
そういったこともあって、屋敷を出るのが遅くなったのだとシャルブは説明した。もちろん、シャルブは全て説明したわけではない。若様に言ってはいけないことは言わなかった。
「フォーリは?」
「その者らを見張って、動きを確認しに行っています。」
「それが終わったらやって来るということか?」
「はい。」
シャルブの返事に若様は、心底ほっとした表情を浮かべた。
「良かった。みんな無事で。フォーリも大丈夫そうで良かった。」
「親衛隊も、戦闘で一人も死者は出ておりません。怪我は二人出ました。割れたガラスで怪我をした者が三名。」
「ベリー先生は?」
「親衛隊と一緒に合流する手はずです。」
「そうか。とにかく、急ごうか。すぐさま追っ手が来るという訳ではなさそうだけど。」
「はい。」
こうして、三人と二頭は街に向かって道を進んだ。




