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嵐の夜の事件 3

 若様がいなくなったので、ニピ族の二人はベイル達に退避するように伝えると、最も早い攻撃の舞であるハヤブサの舞を舞った。普段、ニピ族の舞には利き手に鉄扇が一本が普通であるが、この場合は反対の手に剣が握られる。ニピ族は両利きであるので、利き手の反対の手も同じように使えるのだ。

 そこだけ、人を殺す嵐でも過ぎ去ったように、人だけが死んでいた。(すさ)まじい本気のニピ族の舞に、ベイル達はしばし言葉を失っていた。

 フォーリの腕が立つことは知っていた。シャルブについては、フォーリが連れてきたのだから、腕は立つだろうという予測しかなかったのだ。今、その二人の舞の腕はあきらかになった。人を殺す嵐であったと。

 それだけ、フォーリもシャルブも怒っていたのだ。若様は医師達の手によって忘れるようにされたので覚えていないし、シャルブも話にしか聞いていない。だが、やってきた者達の多くには許しがたい罪がある。フォーリがそれを見抜いていた。ニピ族の言葉でフォーリはシャルブにそれを伝えた。

 かつて、王妃の命で幼い若様に手を出した者達である。国王軍の姿で暗くもあったので、すぐには分からなかったが間違いない。

 大人になってからも同じことをさせようという、王妃の嫌な考えに反吐が出そうだった。息もぴったりに二人は彼らを殺しまくった。ベイルもシークも、なぜ二人が非情になって、殺しまくっているのか分からず混乱していたが、ニピ族がキレる理由は一つしかない。(あるじ)に手を出そうとした者は容赦しない。それだけである。

 シーク達は、無残な殺戮(さつりく)の場となった現場を歩いた。この辺は山に繋がる裏庭の方で、正面玄関には当たらないのが幸いしている。万一、村人が来てもこの悲惨な状況を目にしなくて済む。

 天候も悪くなってきたので、みんなはとりあえず屋敷の中に戻り、それから、急いで準備を整え急いで若様の元に行くことにした。フォーリとシャルブが洗濯場などがある角を曲がった時、今までと違う気配に二人はとっさに鉄扇を(ひるがえ)した。キ、キンと音を立てて飛刀が落ちた。二人の死角になる物陰から出てくる。

「フハハハ。全く、笑いしか出ない。ニピ族の伝説はまだ生きている。私が訓練した者達をことごとく殺してくれた。国王軍の兵士もそれなりに手練れだったはずだが、泥人形のごとくに死んだな。まあ、親衛隊のヴァドサ流の剣士もなかなかの腕だったし、手練れがいるつもりで訓練をしてあったはずなんだが。困ったものだ。」

 まったく困っているようには見えない態度で、その男は笑った。

「貴様は以前に会ったな。」

「ああ、そうだ。お前を刺したはずだったが、逆に斬られそうになって、ひやりとした。あの経験があったから、かなりの手練れを用意してきたはずだった。そっちもニピ族が一人増えているな。だが、一人増えたからといってこれは大きい痛手だ。」

 男は言いながら、シャルブを見つめる。

「…ふーん。なるほど、お前の年の離れた弟か。まあ、里に帰ったときに舞の相手をしていて、動きをよく知っているということだな。」

 フォーリもシャルブも油断なく男を見据えた。

「それにしても、よく分かったな。もう忘れたのかと思っていたが。この者達の多くが……。」

「黙れ、貴様…!」

 フォーリが威嚇(いかく)した。目つきが変わる。シャルブも兄の変化に思わず背中がぞくっとした。放たれる隠そうともしない殺気。(うな)り声をあげる虎が目の前に現れたかのようだ。

「く、くくく。やはり、お前はニピ族の中のニピ族だ。面白い。」

 フォーリの殺気を受けて、男はかえって興奮したようだった。

「お前はこれを言えば、必ず怒る。死んだ者達の多くが、お前の主である王子を、かつて王妃の命令で辱めた者どもだったからな。」

 隊長と副隊長、二人以外の親衛隊員達は耳を疑った。若様が閉じ込められて虐待を受けていたことは、彼らも分かっている。性的なものまであったらしいというのも、察していた。でも、それがはっきり王妃の命とは知らなかった。

「貴様、我らと同じニピ族のようだが、それ以上、口を開いたら首が飛ぶぞ。」

 フォーリは静かに間合いを詰めながら、男に警告する。虎が獲物(えもの)に飛びかかる前に、体勢を整えながら静かに間合いを詰めていくのと同じような気配だ。

「しかも、あの王子はヤツらの言い訳である、殺されるから仕方なく虐待している、という嘘を信じてずっと耐えていた。」

 フォーリの姿が消えたように見えた。いや、物(すご)い速さで突進したのだ。あっという間に間合いがつまり、防御しようと鉄扇を(ひるがえ)した男の腕をフォーリの鉄扇が叩き、さらに左手の剣で袈裟懸(けさが)けに胴を切り上げた。

 男の体が後ろに吹っ飛んだ。だが、フォーリは妙な感触に顔をしかめる。地面から男は起き上がった。フォーリに斬られた服の下から、鈍い光が親衛隊の兵士達が持ってきた松明の炎に照らされて反射した。風が吹いていて危ないが、周囲の状況を判断するために火をもってきたのだ。

 男のまわりをぐるっと味方の兵士が囲む。シーク達の奮闘(ふんとう)とニピ族二人の大暴れによって、敵のほとんどが殺されたり捕らえられたりした。

「あははははぁ。いやいやいや。参ったなあ。ほんとに。」

 男は本当に楽しそうに笑った。

「お前も分かるとおり、これがなければ死んでいたな。念のために鎖帷子(くさりかたびら)をつけていて良かったよ。重くなるが、着ていて良かった。」

 男は切れた服を確認している。

「後で青あざになりそうだ。」

 口では言うものの、全く気にしていない。

「…なあ、それで終わりか?もっと私を感じさせてくれ。殺されるかもしれないというゾクゾク感がたまらない…!なんせ、私は強くて誰も私を殺せないでいるからな!」

 男は実に楽しそうに笑う。

「仕事を抜きにして、お前とやり合うのは楽しいものだ。」

 男は目をらんらんと光らせながら、フォーリを眺めた。

「…望み通り、お前の首を()ねてやる。」

 フォーリは冷静に男を眺めた。肉食獣が確実に獲物を狙っている時と同じだ。


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