嵐の夜の事件 2
「フォーリ、どうしたんだ?」
若様の問いにフォーリが答える前に、屋敷の裏手の方から激しい物音がして、何かが壊れ、続いて大勢が侵入してきたような足音がした。
「別働隊か!?」
シャルブが鉄扇を出しながら、危機感もあらわに呟く。
「おられたぞ!セルゲス公をお助けするのだ!セルゲス公に傷をつけてはならぬ!」
別働隊は十人ほどだったが、全員が手練れなので、それでも十分な人数だ。
「フォーリ、シャルブ、来い!」
若様はニピ族の二人が狙われていると判断して、わざと二人と共に走り出す。
「ニピ族が嫌いな叔母上らしい攻撃だ。お前達二人を私から引き離す作戦だ。親衛隊員達は、仮に捕まっても命までは取られまい。ヴァドサ隊長も、ヴァドサ家を敵に回すことになるから、簡単に手は出せないだろう。だが、お前達は別だ。確実に殺される。」
三人は地の利がある分、彼らを撒いて走り回り、普段使っていない部屋に入って、一旦、呼吸を整えた。
「私が囮になるから、二人は逃げろ。」
若様の提案に対し、目が点になった二人は次の瞬間、同時に叱った。
「そんなことできません、若様…!」
「一体、何を言い出すかと思えば!護衛の意味がないでしょう!」
二人に叱られ、若様はしゅんとした。
「…分かった。しかし、どうするつもりだ?彼らは何か、妄信的に信じているような感じで聞く耳を持たない。その上、強い。」
「若様、ここはまず、私が囮になります。」
フォーリが言った。
「それなら、妥当ですね。」
シャルブが頷いた。
「彼らはどうやら、私は殺さねばならぬ相手と思っているようです。ですから、私に手間取ればその間に、逃げおおせることができるでしょう。シャルブは若様をお守りしろ。」
「フォーリ。」
「心得ております、若様。ご安心下さい。必ず生きて再会しましょう。」
「必ずだぞ。」
「はい。」
三人は部屋の外に出ると、また屋敷内を走り出す。だが、庭に一度下りた所で見つかってしまった。
「いたぞ、あそこにいらっしゃるぞ!セルゲス公、こちらへおいで下さい!」
どこか興奮気味に兵士が叫ぶ。グイニスは身震いした。
「…なんか、彼らからは嫌な視線を感じる。実は以前に会ったことがあるのか?」
なんとなくグイニスは言い、フォーリが眉根を寄せた。グイニスは不思議に思ったが、頭痛に思考は遮られた。
「くっ!」
突然の鋭い痛みに走る足が止まってしまい、転びそうになる。
「若様…!」
すかさずフォーリが支える。
「だ、大丈夫だ、二人は行け。」
でも、二人がグイニスを置いて逃げる訳がなかった。頭痛が治まってきた頃には、半分囲まれていた。
「すまない、二人とも。」
「若様、若様をお守りするのが我らの使命。大丈夫ですか?」
グイニスは頷いて、また、走り出す。囲まれていない一点をめざす。フォーリとシャルブが鉄扇をひらめかす。兵士が二人、同時に倒れて囲みが開く。
「なんか、変な感じだ。何か思い出しそうな気がしたけど、思い出せない。」
「若様、思い出せないというのは、無理して思い出さなくていいことだと、以前、ベリー先生が申しておりました。私も思い出せないのなら、無理して思い出す必要はないかと思います。」
走りながらフォーリが言う。
「…そうだな。」
グイニスは頷いて、さらに共に走る。庭から山に出る道に出て走っていた。だんだん、風が強まってきて雨も降ってきた。ほとんど日が落ちて闇に支配されていく山を走るのは、危険なことだった。それでも、昼間の景色を頼りに走る。時々、フォーリとシャルブが鉄扇をひらめかせ、敵を打ち払う。
だんだん立ち止まって、敵と抗戦する時間が長くなってきた。
「フォーリ…!」
グイニスは走りより、敵に体当たりした。その際に剣の切っ先が左腕をかすった。
「若様!」
フォーリが急いでグイニスに駆け寄る。
「私達は大丈夫ですから、若様はお逃げ下さい!」
「あそこだ、いたぞ!」
新たな敵がやってきたと思ったが、ベイルが味方を率いてやってきた。
「おかしい、一体、何人いるんだ、国王軍だけじゃないぞ!隊長達も思わぬ伏兵に苦戦している…!」
ベイルの言葉に、ゆっくり事態を考えている暇はなかった。
「若様、若様はお逃げ下さい。落ち合う場所は一です。後で我らも必ず参りますから…!」
フォーリの指示にグイニスは頷いた。自分がいればかえって足手まといになると判断したからだ。護身用の短刀は持っていたが、屋敷内にいたものだから、帯剣していなかった。剣があればもう少し戦力になれただろうが、ないものは仕方ない。すぐに戦線離脱して山を下った。こうして、麓に下りたグイニスはセリナの家の納屋に身を潜めたのだった。




