嵐の夜の事件 1
どうやら、こういうことらしい。
昨日、夕方になった頃、十人の騎馬に乗った重装備の一団がやってきた。重装騎馬兵である。あまりに堂々とやってきた。国王軍の紋は入っていなかったが、国王軍が秘密裏に移動する際に使用する制服だった。つまり、国王軍の軍隊を動かせる地位にいる誰か、が動かした。
事前になんの連絡もなく、親衛隊隊長のヴァドサ・シークは疑った。国王の命に従い、行動するはずの国王軍だが仕える側も人間だ。あまりに繰り返し非情な判断が若様になされてきたため、共にいた者達はみんな若様に同情している。王ではなく王太子の判断はどうなのか、今は権限が委譲しているので、みんなそれを気にしている。
「…何の連絡も事前に受けていない。どういう要件だ?」
「秘密裏に実行されるものだ。我々は見ての通り、特別部隊である。我々の任務を明かすことはできない。」
「ならば、残念だがお前達を中に入れることはできない。王太子殿下より、くれぐれもセルゲス公をお守りするよう、厳命されている。たとえ、同じ国王軍であっても、その目的が不明確な者を中に入れることはできない。」
両者の間にしばし、火花が散った。お互いに任務であって譲れない。
「ならば、致し方あるまい。」
相手は言って、仲間達を振り返った。
「よいか、相手は同じ国王軍だからと言って、遠慮するな!親衛隊だということで、臆してもならん!セルゲス公のお血筋とご容姿に目がくらみ、我が物とせんとする者どもからセルゲス公を取り返し、お守りするのだ!」
「何を言っている…!」
思わずありもしない罪に怒鳴ったシークだったが、彼らを送った主は王妃だと判断した。王妃には最近、八大貴族の一つ、ラコッピ家の当主の弟の一人が近づいている。その弟の上の兄が軍人で、そのつてを使えば動かせるだろう。
「一体、何事だ?」
その騒ぎを聞きつけ、フォーリが出てきた。
「見よ、あやつはニピ族だ!あやつがこの事態のそもそもの元凶だ…!あやつはニピ族でありながら、主を守るという務めを忘れ、セルゲス公にあらぬ思いを抱き、その尊いお体を我が物としたということだ!その悪行、許すまじ!それを見過ごした者共も同罪だ、一切の温情を許すな!」
さすがのフォーリも、ありもしない罪を信じて真面目に檄を飛ばしている男を呆然として眺めた。
「一体、何の話をしている?」
若様の容姿があまりに整っているため、そういう噂が流れることは知っている。だが、それをまともに受け止めている者達が来て、攻撃をしようとしているのだ。
「誤解ならば解きたいが、そうもいくまい。私達が悪行をなしたと本気で信じている愚か者共だ。」
「まさか、噂を信じてる者がいるとは。」
「全くだ。もし、その噂が本当ならば、王太子殿下が私達に護衛を任せるだろうか。そのようなことも考えつかないとは、憐れな者だな。」
二人はわざと大声でそれらの話をした。兵士達にわずかでも迷いを与えるためだ。
「者ども、あのような戯れ言に耳を貸すな!王太子殿下も騙されておられるのだ…!」
この部隊の隊長は何が何でも、噂は本当だと主張したいらしい。
「だめだな、一体、いくら握らされた?それとも、本気で洗脳されているのか?」
シークの大きな独り言に男が振り返った。
「我々が金に目がくらんでいるとでも言うのか!愚弄するな!我らを馬鹿にしたことを後悔させてやる!」
ヴァドサ隊長がため息をつき、これはいよいよ説得は不可能だとフォーリが判断した時、当の若様がシャルブと共にやってきてしまった。
「フォーリ、どうした?彼らは一体、何をしにきた?」
一瞬、彼らは黙った。若様の美しさに言葉を失ったのだ。
「…あれが、セルゲス公か。」
ひそひそと兵士達が言い交わす。他の軍隊とは少し違うさざめきに、ヴァドサ隊長は首をかしげた。
「セルゲス公、初めてお目にかかります。我らはセルゲス公をお助けに参りました。その者どもがセルゲス公にあらぬ思いを抱き、邪な思いでセルゲス公に不埒な真似をしていると聞きました。今、お助けするので、どうか、その者どもから離れて、しばしお待ちくださいますよう、お願い申し上げます!」
若様は驚いて言葉を失った。だが、彼らはそれを感動で胸が詰まって言葉も出せぬ、と勘違いしたらしい。
「今、お助け致しますので、しばし、お待ちくだされ!」
どこか興奮気味に向こうの隊長が大声で怒鳴る。若様はそちらの方に少し危険を感じて、一歩下がった。
「何か、勘違いしているようだが、私はこの者達に何もされていない。それよりも、常に危険に立ち向かい、共に戦ってくれる同士だ。一体、何を吹き込まれたのか知らないが、戦うのはやめてくれないか?叔母上か誰かに言われて遣わされてきたのだろうが、国王軍の兵同士が戦い合って血を流すのは心が痛む。」
若様は説得を試みた。
「なんと、優しいお方だ。あの頃と何もお変わりがない。」
若様は首を傾げたが、なんとか戦いを避けようとした。
「とにかく、情報が間違っていたことにして、戦いを避けられないだろうか。厳しいなら……。」
「若様。この者達を説得するのは無理です。参りましょう。」
フォーリが難しい顔をして、若様を引き止めた。親衛隊隊長のシークも同調して頷いた。若様をシャルブと共に屋敷に入れる。




