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穏やかな日々 1

 セリナはそれから三年間、若様が来るのを待ち焦がれ、こっそり突然やってきた若様と逢い引きをして心をときめかせ、また、別れて…ということを繰り返した。

 若様の逃亡生活は実質半年で済んだ。若様がこっそり教えてくれた所によると、王太子殿下が父王の病が一時的に悪化した(すき)に、王が出した若様とフォーリ処刑の勅旨(ちょくし)を燃やしてしまったという。書記官が作った記録も護衛のニピ族に命じて盗ませて燃やしたらしい。

 王はその勅旨がどうなったか、ちゃんと遂行したか気になったらしいのだが、王太子はそんな勅旨はなかったと言い張り、父親が病のせいで記憶が混濁(こんだく)していると言って、療養の名目で完全に(まつりごと)の舞台から引退させたらしい。

 それが、大胆にも一度王が回復して、貴族達や議員達と会談する首府議会に出た折に、王がその勅旨の話を持ち出すように仕向け、そして、そんな勅旨はなく、王の記憶はどんどん悪くなる一方であると説明し、貴族達、議員達が何の疑いもなく、王が政から離れるのを納得させたのだそうだ。

 宮廷医師団長をカートン家の家長が努めているが、その医師団長の説明によると、最初は卒中だと思われた病だったが、詳しい経過観察により、脳に腫瘍ができているためだと判明した。助けるためには大きな手術をしなくてはならないが、カートン家の経験では、千三百三人手術して、三十三人しか助かっていないと言った。五年後まで生きている人数は更に減り、十一人しか生きていないらしい。

 王妃はそんな手術はさせられないと激怒したらしい。(やぶ)医者の毒使いをさっさと宮廷から追い出してしまえ、とまで(ののし)ったそうだ。

 だから、そういう病状が発表されて、貴族も議員も納得してしまったのだ。

「従兄上の政の手腕は(すご)いだろう?」

 と若様は嬉しそうに話してくれたが、従弟を助けるために父親の病気を利用して、冷酷に追い落とすことができる息子なのだとセリナは思った。正しいと思ったら、曲がることなく突き進むことができる人なのだろう。本来ならそんな従兄を若様は警戒(けいかい)すべきなのに、若様は決して従兄を疑わない。

 ちなみにその王太子の決断で、父王には手術がなされた。手術をしなければ二、三ヶ月で死ぬと言われたかららしい。そして、奇跡的に王の手術は成功した。そして、すでに三年近く生きている計算だ。

 しかし、一方で若様に対する刺客の数は増えている。夫が病であることをいいことに、妻の王妃が堂々と刺客を集めて放っているかららしい。その上、王妃や八大貴族に取り入りたい者、王太子の鼻を明かしたい者など、様々な思いを抱えた者達が若様の命を狙う。

 だから、王太子は母を父親の療養中の離宮に一緒に閉じ込め、見張りをつけた。それでも、王妃に加担する者達は後を絶たない。

 そういう中で王太子は結婚することになり、若様はそれを機にセルゲス公として表舞台に出ることが多くなった。この時、若様の姉のリイカ姫も戦場から呼び戻し、彼女はようやく弟と数年ぶりに再会した。王太子の計算としては、若様を大切にしている姿を見せつけることによって、若様を狙う者達から守ろうということだった。

 その上、結婚式の場で母の王妃を叱り、リイカ姫と若様と仲睦まじい様子を、各国の使節に見せつけた。それは、王妃が政権を欲しいままにし、王太子派と若様派に別れて内戦になるかもしれないという予測を立てて、それに介入してややこしくしてくる可能性のある各国に対し、たとえ母でも言うべきことは言うし、仲がいいから決して内戦にはならない、ということを伝えるためだった。

 若様はそういう説明をしてくれた。そういう話を聞いている内にセリナも、だんだん政の裏を読めるようになってきた。セリナは若様に王になって欲しいとか、あんまり思ってはいなかった。でも、王になったりしないのかな、とは思うことがあるのは事実だ。ただ、王太子殿下が王様になった方がいいように思えてきた。その方がきっといいだろう。若様ものびのびしているし。

 だいたい、若様が王様になってしまったら、こうして会うこと自体ができなくなってしまう。それは嫌だった。

 村の人達はみんな、セリナに結婚するように言わなくなった。時々、ここに若様がこっそり来ていることも承知しているし、二人の仲がいいのも暗黙の了解のことだった。

 三年の間、そうやって生活しているうちに、若様の性格も分かってきた。従兄に感化されたのか、自分の思いや感情よりも、理性的な判断を下せる人だというのも見えてきた。考えてみれば、領主の使いが村娘達に酒の相手を務めさせようとした時、若様はフォーリに一人を殺させた。

 もしかしたら、王族だからそういう血筋のせいかもしれない。大体、セリナが権力に()かれるようであったら、別れるつもりだということも分かっている。今もそれは変わらなくて、時々、若様の試験が抜き打ちであるのだ。

 嫌がる人だったら、それだけで若様が嫌いになるかもしれない。だって、信用していないことになるから。セリナもそれは思わなくはない。でも、それだけ若様は(ひど)い目に()ってきたのであり、人は弱いことも知っているからなのだと思う。

 よくよく観察していれば、若様はフォーリでさえ試しているのだ。

 フォーリは若様のそんな心情を説明してくれた。幼い時に受けた虐待。それは、酷く若様の心を傷つけたが、特に信頼していた人の裏切り、叔父と叔母がそうしたのだというそのことが今も影響していると。だから、王太子殿下を信じて疑わないのも、そう自分に言い聞かせるためでもあるのだ、と。

 若様はそうやって、自分に言い聞かせながらセルゲス公を演じているのだ。姉のリイカ姫や王太子の従兄を安心させるために。

 ただ、そんな中でただ一人、若様の試験を受けない人がいる。意外なことに親衛隊の隊長であるシークだ。一番、危なくないのかセリナはフォーリに聞いた。すると、フォーリはシークがたとえ、自分の子供が人質に取られても、まずは若様を助けに行くと誓いを立てているからだと教えてくれた。セリナはびっくりして、フォーリを見上げた。すぐには信じられない。なんと真面目な人だろう。いや、真面目を超えている気がする。

「……それってつまり、場合によっては子供を見殺しにするってこと?」

 セリナが恐る恐る聞き返すと、フォーリは頷いた。彼の決心を無駄にしないために、彼には試験を課さないのだという。

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