二人のこれから 3
セリナはなんだか、こそばゆかったがそれと同時になんだか、悔しかった。セリナはフォーリのことが好きとは言い切れないでいる。分かっている。ちっぽけな嫉妬心だ。若様に無条件に家族同然だと言って貰えるフォーリが羨ましい。だが、先にそんなことを言われてしまうと、自分がいかに小さいかを意識させられて、なんだか悔しかったのだ。
「…わたし、わたし、フォーリさんのことがあんまり好きじゃないんです。だって、怖いし、それに、そんなに大人な態度を取られると、わたしが未熟者だって痛感させられるから、だから、好きじゃないんです。本当は嫌いだって言いたいんです。
だって、だって、若様にいつも一番に思って貰えるから…!若様はいつも、フォーリさんのことを思ってます!フォーリ、フォーリって二言目にはフォーリですよ…!腹が立って、嫌でしょうがないのに、でも、いなくなったら若様が危なくなるし、本気で若様のことを思って、命がけで助けてくれる人だから。だから、仕方ないなって折り合いをつけてました。
でも、気がついちゃったんです。あの、媚薬事件の時。若様はわたしかフォーリさんを選べって突きつけられたら、迷わずフォーリさんを選ぶんだって。あの時、そう思いました。
だから、凄く悔しくて悲しくて今まで誰かに嫉妬なんてしたことなかったのに、物凄く嫉妬してて、相手は男の人で恋敵でもないって、自分に言い聞かせたけどやっぱり、嫉妬しちゃって自分が嫌になりました。」
「…お前が私を嫌いなのは知っていたが、そういう理由だったのか。」
フォーリの声はいささか驚いている様子だった。彼の声は淡々としているので、最初は全然、感情を読み取れなかった。今はいつの間にかそういうことも分かるようになっていて、それもなんか嫌だった。
「はい。残念ながら。」
セリナは憮然として答えた。
「そうか…。」
言ったフォーリの声は少し笑っている。セリナは悔しくて涙を拭いながら睨みつけるようにして見上げると、想像以上に優しい顔をしていて、びっくりした。
「お前は知らないんだな。ニピ族は自分の主を自分のものだと思っている。」
「…へぇ?」
セリナはよく分からなくて変な声を出した。でも、なんか嫌な予感がする。
「だから、自分の主が誰かに恋をして、結婚をする時、最も嫉妬に苦しむ。私も同じだ。」
セリナはなんか、頭を金槌で殴られたような気がした。
「男も女も関係ない。ニピ族は不器用だ。それくらい思わなくては、命がけで主を守ることができないから、心から主のことを愛する。だから、そのために最初から自分で主を決める。心から愛して任務を全うするために。」「……。」
セリナは必死で考えていた。つまり、つまり、フォーリは自分もセリナに嫉妬しているっていう話?もしかして、心の折り合いをつけるために、敬語で話そうとしたの?それに対してセリナは変だと言い、若様は笑っていた。むっとしてもおかしくない。
それにしても、ニピ族って本当に不器用な人達だ。セリナの住む村はパルゼ王国からやってきた人達が住んでいる。だから、サリカン人のこともニピ族のこともよく知らない。
「あの、今の話で分かりました。前に村の人達が言っていたんです。若様が来られて、フォーリさんがニピ族だって知った村の人達が言っていて。ニピ族は強いっていう話から、なんでニピ族は傭兵にならないんだろうって、それだけ強いのなら、傭兵で生きていけばいいのにって。命がけで一人だけを守るのは効率が悪いって言ってたんです。」
「ニピ族が傭兵にならないのは、自分達の信義に反する者達にも、力を貸さなくてはならなくなるからだ。金で誰にでも力を貸すのは私達の本意ではない。力を貸したい人達にだけ力を貸したいからだ。」
セリナはため息をついた。
「なんだ、そのため息は。」
「…フォーリさんだってしょっちゅう、ため息ついてるじゃないですか。それに、どうせわたしは不合格ですよ。だって、断言できなかったし。」
「一体、何の話だ。不合格というのは。お前の正直な気持ちを聞けたから、それで構わない。それよりも、万一の時は若様を頼む。」
セリナは目をしばたたかせた。
「…え!?だって、わたし断言しなかったんですよ、逃げようって言われたら逃げられるかどうか分からないって。」
「だが、若様を助けたいという気持ちも、本当だろう。お前は母親とそっくりな娘だ。いざという時の行動力がある。」
「え、でも、血は繋がってないですよ…?」
「血の繋がりは関係ない。とにかく、万一、私が側にいない時、何かあったら若様を頼むぞ。」
フォーリは言ってセリナの肩をポン、と叩くと小屋から出て行った。
(わたし、信頼されてるってこと?)
大体、フォーリも顔立ちは整っている。大人の格好いい男の人にそんなことを言われたら、気分は悪くない。少しは好きになれそうだ。
セリナは注意して小屋を出た。フォーリが帰る方を見ると、妙に辺りを警戒せずに歩いて行く。セリナの胸に疑念が生じた。
もしかして、刺客が来たのは嘘だった?わたしと話す時間を作るため?いや、待て。その前は若様といい雰囲気だった。今すぐはできなくても、結婚しようという結婚の申し込みだった。その後、抱きしめられて口づけされるかと思った瞬間、フォーリが若様に緊迫感のある声で声をかけたから、それでおしまいになってしまった…。
(……やられたー!若様に疑われずに邪魔するためだったんだ!)
少しは好きになれそうかと思ったのに、やっぱり好きにはなれそうにない。ニピ族は嫉妬深い。そういう意味では。
一人、セリナは悔しがったのだった。




