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二人のこれから 2

「若様…!」

 唐突に幸せな時間は破られた。フォーリの小声だが緊迫した声で若様はさっとセリナから身を離した。だが、手を握ってくれている。

 今は山にいる。山中が二人の()い引き場所だ。

「若様、ここはとりあえず、屋敷に戻りましょう。」

「セリナは?後で屋敷から出ても危ないだろう。」

「私が送ります。シャルブ…!」

 フォーリが聞いたことのない名前を呼ぶと、もう一人セリナが初めて見るニピ族が現れた。なんか、フォーリに似てる?

「若様を頼んだ。」

「お任せを。」

「それじゃ、セリナ、またね。今度はいつ会えるか分からないけれど。」

 若様は寂しそうに微笑むと、すぐに引き締まった顔に戻ってシャルブと一緒に山道を走っていく。

「セリナ。」

 フォーリに呼ばれて、セリナも歩き出した。前にセリナがフォーリに敬語を使われると変だと言ったので、それ以来、彼は一度もセリナに敬語は使わない。

「早く。」

「分かってます。」

 セリナはフォーリについて走った。フォーリは今はセリナを守りながら走ってくれている。まだ、刺客の姿は見えないが、きっと間違いなく存在しているのだろう。

 フォーリは途中で立ち止まると、セリナにエプロンを頭に被るように言った。ぱっと見た瞬間(しゅんかん)に誰だか分からないようにするためだ。それくらい、セリナも分かる。

 二人は無言で走り、ようやく村はずれのセリナの家についた。すぐには家に入らず、少し離れた作業小屋に入る。フォーリは小屋の隙間から外の様子を(うかが)っていた。

 その間にセリナはふと気がついた。あの場にフォーリがいたことは分かっていた。でも、ほかのニピ族が出てきたことからすると、みんなにあの若様からの結婚の申し込みの状況を見られていたのでは?そう、親衛隊もいるのだから。彼らは若様の護衛の方に行ってしまったが、確実にいた。

 セリナは恥ずかしさで、一度青ざめてから赤くなった。

「セリナ。」

 小声でフォーリに呼ばれ、セリナは姿勢をただした。子供の頃、村には怖い手習いの先生がいた。その先生に呼ばれた時みたいに、セリナはフォーリと話す時は緊張する。媚薬(びやく)事件の後からは特に。

「は、はい。」

「お前、覚悟はあるのか?」

 フォーリは油断なく外の様子を覗っている。こちらに背を向けているのに、なんだか(にら)まれているような気がする。フォーリから怒りのような、なんかそういう気配が漂っている。本能的に後ずさりそうになり、セリナは足に力を入れた。

「覚悟って…。」

「若様と一緒にいるということは、こういうことだ。常に危険がつきまとう。お前も若様と一緒に刺客に狙われる。」

 フォーリは小屋の壁に背を向け、セリナをまっすぐ見据えた。怖いからやめて欲しかったが、逃げることは許されない。それに逃げたくなかった。

「お前に聞いておきたい。お前は若様が一緒に逃げようと言ったら、家族を捨てて逃げられるのか?」

 前から漠然(ばくぜん)と時々考えてきた質問だ。知らず手が震えていて、慌てて服を握りしめた。

「…わ、若様がそう言うなら、たぶんできます。」

「たぶん?」

 セリナは言葉を間違った事を悟る。フォーリは確信が欲しいのだ。若様のために。若様の気持ちを大切にしたいから。

「…ごめんなさい、だめですよね、たぶんじゃ。でも、先のことは分かんないですけど、でも、できます。きっと、できると思います。…だって、その時にならなきゃ、分かんない…!でも、たぶん、できるような気がする。」

 あまりの緊張で呼吸が浅くなって、声が震えた。

「その時にならなければ、分からないというのは正直な答えだ。人間はそんなに強い者ではない。だが、若様を愛しているのだろう?」

 フォーリから愛と言う言葉が出て、セリナは不思議な気分だったが、今はそんなことを言っている場合ではなかった。

「はい。たぶん、このただ好きだっていうんじゃなく、若様を死なせたくない、何かあったらわたしも役に立ちたい、傷つけたくない、力になりたいって強く思って、一緒にいるだけで涙が出てくるくらい嬉しくて、満たされて幸せになれる気持ちを、愛だというのなら、きっとそうなんだと思います。」

 セリナは精一杯、自分の言葉で若様を思う気持ちを伝えた。フォーリにはきちんと真面目に伝えなくてはいけなかった。だって、フォーリは若様にとって、ただの護衛じゃないから。兄であり父である家族同然の人だから。

「許されるなら、一緒にいたいです。若様を死なせてしまったんじゃないかって思った時、もう、自分を許せませんでした。フォーリさんが毒を飲まされて運ばれてきた時、完全に死んでるって思いました。それくらい顔色が悪くて、もうそう思いました。

 だから、若様もそんな風になってしまうって、前にわたしが作ったパンで毒を食べてしまった時のことを思い出して、とても怖くて死んでしまうって、そう、思ったらわたし、とんでもないことしたって、後悔して生きている価値はないって思いました。何度も死のうって思ったのに、死ねなかった…!」

 話している内に(こら)えきれずに涙が(あふ)れる。

「死ななくて良かった。お前が死んだら若様の方が耐えられなかっただろう。」

 フォーリの言葉にセリナは涙でぐちゃぐちゃの顔を上げた。頭からエプロンを取って涙を拭う。

「え、それって…?」

「お前は私には()やせない若様の心の傷を癒やし、私には埋められない穴を埋めた。私にはできないことをお前はした。だから、お前が死んだら若様は、今度こそ折れてしまうだろう。

 今まで若様が生きてこられたのは、姉君のリイカ姫に対する申し訳なさや、タルナス殿下に対する恩義だけではない。お前がいたからこそ、耐えられた。生きようという前向きな気持ちが生まれた。それは、私には与えられなかったものだ。だから、私はお前には感謝している。」

 セリナは呆然としてフォーリの言葉を聞いていた。フォーリのことを母のジリナはくそ真面目だと言っていたが、本当にとても真面目な人だと思う。でも、だからこそ母はフォーリが運ばれてきた時、何も言わずに助けたのだ。あの母がお金だって取らなかった。

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